15 : 廊下は走らない!
土砂降りの雨の日、好きな人の家で二人きりで過ごす。
こんなこと、恋愛から遠ざかっていた私の身には起こり得ない
晴見くんは私の──すふれの配信を毎回のように見に来てくれているけれど、私のは彼のことを全然知らない。二人で家の中にいて、彼のことを知るチャンスは沢山あったはずなのに、結局上手く話せないまま貴重な時間を無駄にしてしまったような気さえする。
画面越しなら次々と話したいことが思い浮かぶのに、いざ彼を目の前にすると、何も話せなくなってしまうのだ。
……いや、弱音ばかり吐いていたって、晴見くんとの距離は縮まらない。
待っているだけではなにも起こらない。晴見くんに『真白すふれ』よりも『氷見谷梓』の方が好きだと言ってもらえるようになりたい。
その為に、私は変わらなくてはいけない。
翌日、彼に貸してもらったTシャツとジャージのズボンが入った紙袋を持って、私は家を出た。もちろん、Tシャツとズボンは洗濯済みだ。丁寧にアイロンをかけて、畳んで紙袋に入れてある。晴見くんが教室に来たら真っ先に声をかけて、これを渡すんだ。
『晴見くん、おはよう。昨日はありがとう』……
この言葉を頭の中で何度も復唱するうちに、気付けば学校へ向かいながらぶつぶつと声に出してしまっていた。
私が教室に入った時、晴見くんの姿はなかった。彼は登校時間が遅い方だし、不思議なことではない。自分の席に着き、机の横に紙袋を掛けておく。
そのうち登校してくるだろうと思いながら晴見くんを待ったが、結局彼は一時間目の授業が始まっても教室に姿を見せなかった。
授業の開始を告げるチャイムが響くと同時に先生が教室に入って来て、教室内を見回した。そして、何でもないことのように呟く。
「欠席は……晴見だけか」
私は窓際の晴見くんの席を横目で見た。そこに彼の姿は無い。
「それじゃあ、今日は教科書の150ページからだなー」
先生の声も頭の中をすり抜けていく。私以外に、彼の不在を気に留めている生徒が果たしてこのクラスの中にいるだろうか。いてほしくない、と思う。
晴見くんが学校を休んだ。それだけのことなのに、今日という日が途端に意味の無いものであるかのように思えてしまう。
少し前までの私は、晴見くんが欠席したところで何も思わなかったはずなのに。
長い一日をなんとかやり過ごし、下校時刻になった。
私は委員会室に向かって廊下を歩きながら、晴見くんのことを考えていた。
もしかしたら、晴見くんが学校を休んだのは私の所為ではないだろうか。昨日、彼は自分の傘に私を入れてくれた。晴見くんは私が雨に濡れないようにと終始気遣ってくれていたから、その所為で身体を冷やして熱でも出してしまったのではないか。
そう思うと気が気ではなく、委員会室まで歩きながら、いつも通り委員の仕事を優先すべきか、それとも晴見くんの家に行くべきか考え続けた。
そして結局、晴見くんよりも委員の仕事を優先することにした。
委員会室の扉を開けると、既に数人のメンバーは集まっていた。
「お、委員長。お疲れ様でーす」
「ええ、お疲れ様」
風紀委員には一年生から三年生まで総勢十名の生徒が在籍しているが、毎日顔を出すのは私を入れて四名程度の決まったメンバーだけだ。部活動をしている生徒もいるので、大事な会議やイベントがない限り委員の仕事は強制ではない。
「昨日の雨ヤバかったっすね。今日は晴れてよかったー。しっかし暑いですよねぇ」
真面目な一年生の男子、山岸くんがそう言ってうちわで顔を仰ぐ。
「そうね……」
「……委員長?」
「ごめんなさい!ちょっと急用を思い出した!悪いけど、今日は先に帰らせてもらうわ!」
「えっ!?ちょっと委員長!?」
みんなが驚いた表情を浮かべる中、私は委員会室を飛び出して廊下を走った。普段は『廊下は走らない!』だなんて他の生徒に注意している癖に。
誰の姿も見えない廊下を全速力で走った。この時の私が何を考えていたのかなんて、そんなの言うまでもないだろう。
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