7 : リアルでも話したい
「みなさん、こんすふれ~!今日はいつもより少し遅い時間からのスタートですが、まだ眠くないですか~?」
『こんすふれ~』
『こんすふれ~!眠くない!』
『すふれたん、こんすふれ~!起きてるよー!』
『ましゅまろぽてと:こんすふれ~!ねむい!』
そのコメントを見て、思わず笑ってしまいそうになった。
彼からのコメントばかりを待ち望んでしまうのはいけないとわかっているけれど、どうしても意識してしまう。
だから、一度は配信を見ないでもらいたいとお願いしたけれど、それは私にとっても彼──晴見くんにとっても辛いことだった。
今、こうして話しているのが『氷見谷梓』ではなく『真白すふれ』であるように、コメントをくれる彼も『晴見くん』ではなく『ましゅまろぽてと』だ。
配信を始めたばかりの頃から追いかけてくれているリスナーの一人として、『真白すふれ』は『ましゅまろぽてと』と同じ時間を共有していたい。
あくまで、恋をするのはバーチャルの世界ではなく現実の世界で。私はそう切り替えて、これまで通り配信を楽しむことにした。
「あはははっ。眠いって言ってる人結構いる気がするけど大丈夫~?
起きろー!っていうか眠くなるの早くないですか!?まだ10時だよ!早寝はいいことだけれども!」
『寝落ち配信して』
『萌え声でアラームやって』
『モーニングコール希望』
『ましゅまろぽてと:すふれたんの目覚ましあったら買う』
「寝落ち配信?すふれ、寝付き悪いから絶対寝落ちしないよ!あのねー、電車とか乗ってる時も寝ちゃったこと多分一回もない!
萌え声アラーム……っははは気持ち悪いよ!え~、モーニングコール希望者こんないるの?怖いよ~、すふれ13歳なのに。13歳になに言ってるんですかみなさん?
『目覚ましあったら買う』、あはははっ、絶対朝思いっ切り叩かれて壊されるヤツでしょ!」
…………
日付が変わる直前まで続いた配信を終えると、ヘッドフォンを首に掛けたまま、私は倒れ込むようにしてベッドに横になった。
今日は比較的、上手く話せた方かな。
配信を始めたばかりの頃に比べたら見に来てくれる人は少しずつ増えてきてはいるけれど、リスナーが増えることを嬉しく思う一方で、それを怖いと感じる自分もいる。
昨今は人気VTuberが配信内で失言をして炎上したという記事をネットニュースでよく見かけるし……
元々大勢の前で話すのは苦手で、そんな自分を変える為にも配信を始めたけれど……こんなことを考えてしまう私は、配信者として不適合なのだろうか。
そういえば晴見くんは、配信内では『ましゅまろぽてと』として沢山コメントをくれるけど、学校で彼が声をかけてきたことは一度もない。
他のクラスメイトがいる教室などは話しかけづらいのだろうか。
それとも、彼が興味を抱いているのはあくまでも『真白すふれ』であって、風紀委員長の『氷見谷梓』ではないということ……!?
すふれの女の子らしいキャラクターと、学校での私のキャラは正反対だし……
中学の時の厭な記憶が蘇る。晴見くんもどうせ、女の子らしくて守ってあげたくなるような子がタイプなのだろう。
重い溜息が自然とこぼれ落ちた。
配信者とリスナーとしてではなく、現実の世界で、クラスメイトとして私は晴見くんと話がしたい。この前、一緒にパンケーキを食べた時みたいに。
『がんばれ、梓』
枕元のネコのぬいぐるみが、そう言ってくれているような気がした。
◇◆◇
次の日。
教室内でいきなり話しかけられたら晴見くんも困惑するだろうし、クラスメイトの注目を集めてしまう可能性が高い。私はまず、彼についての情報を集めることにした。
「え、晴見くん?なんで?」
マイはたこさんウインナーがささったフォークを手に持ったまま、そう言って目をぱちくりとさせた。
昼休み。私はまず、友人のマイとユカに晴見くんについて知っていることがないか聞いてみることにした。
「うーん……そうだなぁ。影薄いからなぁ。すぐには出てこないかも……」
「でも、よく見ると意外とカッコいいよね!勉強もそこそこ出来るみたいだし、ああ見えて一部の女子からはモテるらしいよ?」
噂好きなユカは目を輝かせながらそう言った。その熱心な語り口といったら、まるでジャーナリストのようだ。
「なに?梓まさか、晴見が好きなの?」
私は飲んでいたりんごジュースを危うく吹き出しそうになった。
「なっ、なな……!ごほっ、げほっ」
「ちょっと大丈夫?」
「ええっ!?梓、まさかほんとに……!?」
「そんなワケないでしょっ!!」
そう言った声は昼休み中の教室内に思いの外大きく響き、何人かの生徒が私たちの方を振り返った。
「だよねー。私も、いくら顔が良くても晴見はちょっとパス。だって暗いし~」
ユカのその言葉に若干イラッとしたけれど、私は出来る限り表情に出さないよう努めた。
「じゃあ誰がいいの?」と、マイ。
「そうだなー。このクラスだったら、
三上くんはモデルのような高身長と甘いマスクが有名店のパンケーキ並みに女子人気らしく、『バレンタインにチョコを貰い過ぎて、毎年鼻血を出している』とまで言われている。まあ、心底どうでもいいけど。
「校則違反常習者よ」
ぼそりとそう呟く。
「晴見ねぇ……そういえば、昼休みはいつも教室にいないよね。どこ行ってんだろ?」
「さあ?食堂とかじゃないの?あ、そういやさぁ、この前のテレビで……」
晴見くんの話題はそこで終わった。
翌日の昼休み。
私は食堂を訪れたが、どこを捜しても晴見くんの姿はなかった。
売店、屋上、中庭……昼休みに生徒が行きそうな場所は全て当たったけれど、晴見くんはどこにもいない。
結局この日は、昼休み中に晴見くんを見つけることは叶わなかった。
昼休みが終わって午後の授業が始まる五分ほど前に、晴見くんは幽霊のようにふらりと教室へ戻ってきて、自分の席に静かに着席した。
『昼休み、どこへ行っているのか』と本人に聞いてみようかと思ったけれど、なんとなくそれは悔しいような気がして、明日こそは晴見くんがどこでお昼を過ごすのか突き止めてやるんだと、私は勝手に闘志を燃やしていた。
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