6 : よかった
晴見くんに見られていないと思えば、きっと今まで通り上手く話せるはず。
晴見くんはお人好しで純粋だから、約束を破って今日の配信を見るようなことはきっとしないだろう。
午後9時になると同時に、私は配信をスタートする。
「みなさん、こんすふれ~!」
コメント欄に『こんすふれ~』の文字は沢山あるが、その中に晴見くん──ましゅぽてからのメッセージはない。私が見るなと言ったんだから当然のことなのに、どうしてか少し胸が痛んだ。
「すふれ、今日はみなさんのお悩み相談に乗っちゃいますよ~!コメント欄にお悩みを書いて送ってくれると嬉しいです~!」
いくつかのコメントが寄せられたが、その中にも当然、ましゅぽてからのメッセージはない。どうして彼からのメッセージがないとわかっていながら、ちょっとがっかりしてしまうんだろう。
『momo:すふれたん。私は中学一年生ですが、クラスに好きな人がいます。体育祭の時のリレーでバトンを落としてしまった私を彼が励ましてくれて、その時に彼が好きだと気付きました。彼のことが好きだと気付いてから、意識してしまって今までのように上手く話せません。どうすればいいですか。アドバイスをくれると嬉しいです。』
女子中学生からの愛らしい相談事を読み上げながら、私は思った。
そんなの、私が聞きたいよ!
……ん?
ちょっと待って。
……え?
『フリーズした?』
『どっか行った?』
『すふれたーん』
流れてくるコメントが見えてはいるのに、どうしてか一つも頭の中に入って来なかった。
私は……晴見くんが好きなの?
口元にクリームをいっぱい付けて、幸せそうにパンケーキを頬張っていた晴見くんの笑顔が頭から離れない。それと、私の口元を拭ってくれた時の優しい目も。
「……ごめんなさい!ちょっとだけ画面が固まっちゃってたみたいです!申し訳ない!あ、そうそう。それで、momoさんからいただいた相談の答えなんですけど……」
正直言ってわからない。私も同じようなことで悩んでいるから。
寧ろ自分の気持ちに気付いていただけ、momoさんの方が私よりも進んでいると言えるかもしれない。私が彼女にアドバイス出来ることなんてないかもしれないけれど……
「好きな人と上手く話せない!わっかるなぁ……
恋愛経験値がほぼゼロのすふれが偉そうに言えたことではないんですけれども、一つアドバイスをさせていただくと、上手く話せなくてもいいじゃないですか!
寧ろ意識していることを意識してもらった方がいいっていうか……すふれは女子だから男子の気持ちわかんないけど、『あの子、もしかしたら俺のこと好きかも』って思うくらいが一番キュンと来るものなんじゃないかと……すふれは思うんですけどどうなんでしょう?
頑張って話しかけてくれた女の子とか、男子からしたら萌えしかなくないですか!?」
『わからん』
『たしかに可愛い』
『さすがすふれ先生』
リスナーからのコメントに学ぶことってあるんだ……と、私はこの時しみじみ思った。それも、自分よりも年下の女子中学生から。
彼女に対しての答えが、私自身への答えでもある。
私は恐らく、晴見くんが好き。
一緒にパンケーキを食べに行ったくらいで、学校では全然話さないし、私は彼のことをなにも知らない。だけど、それでも好き。
そしてやっぱり真白すふれの配信には、ましゅぽてからのコメントが必要だ。
◇◆◇
翌日の放課後。この日も私は教室を後にする晴見くんを呼び止めて、中庭へと連れ出した。
「それで、話ってなにかな?」
私が一方的にすふれの配信を見ることを禁じたからか、それとも連日の呼び出しで苛ついているのかわからないが、今日の晴見くんは普段より元気が無いように見えた。
『やっぱり配信を見に来てほしい』と言えばいいだけのことなのに、その言葉がなかなか出てこない。
「あ、あの……晴見くん」
「なにかな、氷見谷さん」
晴見くんと向かい合って話をしたことはこれまでにも何度かあったのに、今日の晴見くんはいつもと少し雰囲気が違うような気がして、余計に言葉が出てこなかった。
晴見くんは苛々とした様子は一切見せず、穏やかな表情で私が話し出すのを待ってくれているが、眼鏡の奥の瞳は心なしか冷たいような気がした。
別に告白をするわけじゃないんだから。ただ『配信を見て』と言えばいいだけなんだから。
「あの……」
「どうしたの?」
「き、昨日のことなんだけど……お、怒ってる?」
「ん?あー……、まあ、ショックだったけど別に怒ってはないよ」
その言葉を聞いて少しほっとしたものの、晴見くんが中庭にある柱時計を気にするような素振りを見せたので、私は焦った。
「氷見谷さん、ごめん。俺、今日バイトあって……
明日ゆっくり聞いてもいいかな?ほんとごめん」
「え、ええ……いいけど……」
「ごめんね。明日、絶対聞くから!」
なかなか切り出さない私が悪いのに、晴見くんは何度も謝った。
違う。だめ。晴見くんが言ってしまう。今日伝えることが出来なければ、明日も伝えられないだろう。
駆け足で去っていく晴見くんの背中に向かって、私は叫んだ。
「晴見くん!また配信を見てほしいの!勝手なお願いだってことはわかってるけど……!」
晴見くんが動きを止めた。
振り返った時、彼の目は線のようになっていて、泣いているのか笑っているのかわからないような表情を浮かべていた。
「よかった……!ほんと、よかった!それじゃあ氷見谷さん、また明日!」
彼はそう言って右手を軽く上げると、軽快な足取りで走り去っていった。
彼の姿が見えなくなった後、私はその場に屈み込んだ。
嬉しいはずなのに、ほっとしたからか涙が止まらなかった。
「よかった……」
私は鼓動の音を宥めるように、静かにそう呟いた。
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