5 : 晴見くん、見ないで

 晴見くんとパンケーキを食べに行った日から一週間が経ったが、あれ以来、私は気付いた時には彼のことを考えるようになっていた。

 口元のクリームを拭ってくれた晴見くんの手の感触が、今も脳裏に焼きついて離れない。思い出す度に身体の奥が熱くなって、他のことは一切手に付かなくなる。


「……や!氷見谷!」

 先輩の声で我に返った。どうやら私は委員会の会議中にも関わらず、晴見くんのことを考えてぼーっとしていたらしい。恥ずかしさと情けなさとで、ちょっと泣きそうになった。

「あ……っ、す、すみません……」

「氷見谷がぼーっとしてるなんて、珍しいこともあるもんだな」

「ここの所、ちょっと頑張り過ぎじゃないか?身体壊す前に休めよー」

 先輩たちの優しい言葉が胸に染みて、更に自分が不甲斐なく感じた。

「はい……すみません」


 それもこれも、全部晴見くんが悪い。

 晴見くんは、学校では私に一切話しかけてこようとしない。今まで話したことなんて一度もなかったんだから、当然のことかもしれないけれど。

 秘密を握られている身としては、それは有難いことであるはずなのに、同時に物足りないような気持ちも感じていた。

 授業中や休み時間に晴見くんの方をちらりと見ると、大抵は窓際の席でぼんやりと外を眺めているか、机に突っ伏してうたた寝をしていた。

 なに考えてるんだろう。

 パンケーキを頬張る晴見くんの笑顔を思い出して、私は今の彼がなにを考えているのかを想像する。

 ……わからない。

 だけどどうせ大したことじゃないんだろうなぁ、とは思う。


 

 晴見くんに正体を知られたからってわけじゃないけど、ここ最近は配信もしていない。最近と言っても、一週間程度だけど。

 SNSには、いつも配信を見に来てくれる人たちから『次の配信いつ?』と何件かメッセージが届いていた。

 晴見くんが見ていたら……私はこれまでみたいに上手に話せないかもしれない。

 いや、晴見くんが見ていたって関係ないじゃない!配信をするのはVTuber、真白すふれとしての私なのだから。

 晴見くんのことで心を乱されるなんて、こんなの私らしくない。


 その日の晩、私は思い切って配信をすることにした。


「みなさん、こんすふれ~!お久しぶりです~!」

 配信を開始すると同時に、コメント欄には普段よりも多くの『こんすふれ~』の文字が流れてきて、真白すふれの配信を待ち望んでくれていた人が何人もいたと思うと嬉しかった。

 だけど、私は無意識のうちに晴見くん──『ましゅぽて』からのメッセージを探していた。


 その時、いつもは一番乗りでコメントしてくることが多い癖に、今回に限って他のリスナーよりも少し遅れて、彼はメッセージを寄越してきた。

『ましゅまろぽてと:こんすふれ~!久しぶり!』

「……ふふっ」

 思わず、小さく笑ってしまった。

 なによ。今日も学校で会ったじゃない。


「久しぶりって言っても一週間くらいですけどね~。みなさん、元気にしてましたか?すふれに会いたかったですか?」

『会いたかった~』

『寂しかったよ』

『風邪でも引いた?』


「具合が悪かったとか、そういうワケではないんですけどね。ちょっと心が……ちょっとだけ病んでたっていうか(笑)

 あ、そういえばすふれね~、この前パンケーキ食べたんですよ!そこがなんかね、結構有名なお店らしくって~」


 この話題を出した後で、『しまった』と思った。

 晴見くんことましゅぽてが、自分と一緒に行ったことを匂わせるようなコメントをしないか不安になったのだ。

 だけど途中で話を切り上げることも出来ず、友だちと行ったことにしてパンケーキの味だけを簡潔に述べた。


『ましゅまろぽてと:パンケーキ食べたい』

 この前食べたじゃない!一緒に!

 心の中でそう突っ込まずにはいられなかった。


 その後も、ましゅぽてからのコメントばかりが気になって、普段の配信に比べて上手く話せなかった。

 晴見くんに配信を見られたら困る。私は明日、彼に配信を見ないでもらうよう、お願いすることに決めた。



 ◇◆◇



 翌日の放課後、私は教室を出た晴見くんを呼び止めた。

「晴見くん!話があるんだけど、少しだけいい?」

 生徒が行き交う教室前の廊下で、極力目立たないように私は小声でそう言った。

「うん、いいよ」

 晴見くんは素直に頷いた。


 以前、晴見くんに呼び出された場所と同じ、風紀委員の教室がある校舎の中庭までやって来ると、私は早速本題に入ることにした。彼を前にしただけで心臓の音が煩くなることに、気が付かないふりをして。

「晴見くん、単刀直入に言わせてもらうわ。もう、すふれの配信を見ないでほしいの」

「ええっ!?なんで!?」

 晴見くんは声を荒げ、余命宣告でも受けたかのような顔をした。


 彼がそんなにすふれの配信を楽しみにしてくれていたとは……

 なんだか少し悪いような気がしたが、晴見くん──同じ学校の人に見られていては、配信に支障が出る。

 私は心を鬼にして、きっぱりと言い放った。

「知ってる人──それも同じ学校の人に配信を見られるのは、やっぱり少し……困るのよ。昨日の配信でも、あなたに見られていると思うと上手く話せなかった」

「俺に見られていると思うと……?なんで?」

 言ってから後悔した。最近の私はこういうことが多い気がする。配信者としても気を付けなければいけない。

「と、とにかく!もう私の配信を見ないで!いい?」

 晴見くんは見ているこちらが切なくなるほど悲しそうな、傷付いたような顔をしながらも、渋々といった様子でゆっくりと頷いた。

「……うん。氷見谷さんが見てほしくないなら……」

「よかった。話はこれで終わりよ」

 自分のことながら、配信を楽しみに見てくれている人に対してこんな言い方ができてしまうことが哀しかった。

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