第14話バショウ科のバナナ

「あらよっ、と」

「アァッ……!」


 泰迅らしき男は短剣を俺の背中から引き抜いた。

 俺はあまりの激痛に、膝から崩れ落ちて地面に両手を付いて倒れた。


『ソリディ、カズトは……』

「さ、刺されて……」

『っ!? 分かった、今から僕もそっちに行く。ディシプ、行けそうか』

『ダメです。マリアス島に転移出来ません。恐らく、転移が出来る大きさのが存在しないのかと』


 意識が朦朧とする中、オルダ達の焦った声が聞こえてくる。


『っ、ソリディ。聞こえるかっ!』

「……ヤダ。オカアさん、オトウさん……」


 ソリディは身体が震えている。

 トラウマが蘇っているのか俺を見て父親と母親を呼んだ。


『ソリディッ、このままじゃカズト君は死んでしまう。回復してあげるんだっ!』

「ッ!? そうだ、回復しなきゃ……」


 正気を取り戻したソリディは持っていた杖を刺された部分に当てようとする。


「ダーメッ!」

「あっ……!」


 しかし、男は杖を掴みソリディを後ろに倒しながら杖を離す。

 同時にソリディの耳元にあった魔法陣も消えてしまった。


「回復したらカズトが元気千倍ブラッドマンになっちゃうじゃん」

「何を言ってんの。……意味が分からない」


『ブラッドマン』とは前世のテレビで放送されていた、ブラックコメディヒーローアニメだ。

 この男は前世の記憶を持っている。

 異世界人なのか分からないが、少なくともこんな奴が泰迅のはずがない。

 声も泰迅では無く、最初に聞いた低い声でも無い、

 だが、なぜ泰迅の顔をこの男はしているんだ。


「君の魔法、回復っぽいけどさ。もしかして、弱いの?」

「……っ」

「図星かー……。普通は杖なんて押し付けなくてもいいのに。というか、杖すら必要は無いはずだけどね」

「うるさいわ、ねっ!」

「っ!?」


 ソリディは倒れながら杖を男に向ける。

 すると、杖の先端に火の球体が浮かび、それを男に飛ばした。


「フンッ!」


 男は火の玉を足で踏みつけて潰した。


「……ソリディ、ちゃん。もしかして、俺と同じなのか」

「同じって、何よ……」


 ソリディはゆっくりと立ち上がり、背中に付いた土を払う。


「俺も実は魔法を複数使えるんだよ」

「魔法を複数……!? どうしてアンタも」

「実は俺、この島にあった村の人間だったんだけど、ある日から実験体にされていたんだ」


 ハイネックをずらし、首元の刺繍の痕を見せる。


「な、なによ。それ……」

「一部の村の人間が、魔法を複数使えるようにするにはどうするか考えていたんだ。誰か知らねぇけど、『身体のどこかの部位に魂が宿っている』と言った奴がいてな」


 ハイネックを元に戻すと、今度は右腕の袖をめくった。

 首元と同じように右腕にも痕が複数付いていた。


「それを信じた連中がどこからか死体を持ってきて、生きている人間に死体の体の一部を繋げて、魔法を複数使える人間を作ろうとした。だが、実験は中々成功せず実験体にされたアイツらは死んじまった」

「でも、アンタは生きてるじゃない」

「そうだよ。俺の時に成功したんだ。生きてる人間、というより異世界人を使ったことでな」

「まさか……」


 俺は意識を何とか保ちながら二人の会話を聞いていたが、男の話に嫌な予感を感じて思わず顔を上げて声が出てしまった。


「そうだよ、この顔の男だよ」


 男は俺に見せつけるように泰迅の顔を触る。


「なんで適合したかは分かんねぇけど、異世界人の魂は穢れの無い特別な物とか言われてるし、ソレが作用したんだろ」

「……」


 ソリディは杖を構えてはいるものの、特に反応はしなかった。


「でっ、コイツの魔法のお陰でこんな魔法も使えんだよっ!――」

「……」


 男は振り返り、今だ微動だにしないソリディの頭に向かって手を伸ばした――。


「ンアァッ!」

「……ガァッ!!?」


 男がソリディに振り返ると同時に俺はポケットに入れていたバナナを取り出した。

 そして、ソリディに襲いかかろうとした男の左足首あたりにバナナをぶつけた。

 鈍い音が鳴り、男は少し遠くに吹っ飛び倒れ、左足首を左手で抑えながら悶絶している。


「はぁ、はぁ。大、丈夫……か?」

「う、うん。……今の内に回復するわっ!」

「痛ァッ……!」

「我慢して、こうしないとこの傷は治らないわ」


 ソリディは俺の背中の傷に杖の強く押し付け、回復魔法を使う。


「ハア、ハア……。どうする、アイツ」

「ディシプは魔法を使えないから誰も助けになんか来ないわ。今、ここにいる私達で何とかやるしか……」

「……おい。おいおいおいおいっ!!! 聞いてた話とチゲーじゃねぇかっ! 何だよ、そのバナナの攻撃力。お前、嘘ついてたのかよっ!!?」


 いつの間にか男は立ち上がっており、顔を酷くゆがませ怒号する。

 その間にソリディの回復魔法のおかげで痛みが和らいできた。


「知らねぇー、よっ……! ゴブリンを殴った時はそんな吹っ飛んだりしてない」


 ソリディに肩を貸してもらいながら俺は立ち上がってそう言った。


 でも、なんでアイツはあんなに吹っ飛んだんだ。

 ゴブリンの時と違うところがあるとすれば、バナナが黄色いのと一回使っても潰れていないことだけど。


「フフッ……。まぁ、いっか。それに当たらなければいいんだもんな。てか、痛みも引いてきたし。とりあえず、離れて攻撃するか」


 男は右手に黒い球体を浮かび上がらせる。


「アイツ、さっきはあんなに痛そうにしてたのにもうピンピンしてないか」

「そうね。回復魔法を使ってる訳でもなさそうだし。……とりあえず、傷は塞がったわ。あと、筋力と体力を上昇させる魔法もかけておいたわ。でも、普通の人が使う魔法よりも効果は弱いから気をつけて」

「分かった、ありがとう」

「感謝するならアイツを倒して、アイスを奢ってよね。あと、色々と聞きたいこともあるから」

「……分かった」

「来るわよっ!」


 すると、男の右手にある黒い球体から黒い鞭が複数現れ、俺たちに向かってくる。


「走って!!」

「分かった!」


 俺とソリディは男を中心にして円を描くように走り出す。

 複数ある内の三本の黒い鞭は生き物のようにうねりながら俺たちの居た岩場の地面を抉ると、反動で三本の黒い鞭は黒い球体の中に収まっていった。


「……数が減った」

「一本につき一回使ったら、しばらく使えないんでしょうね……さん、し、ご。あと五本あるわ。残りも使ってくれたらいんだけど」

「この距離から、魔法は打てないのか」

「私の魔法じゃ、届かないわね。……ねぇ、あえて近づいてみる? そしたらアレを使わざるをえなくなると思うし」

「……このままじゃコッチの体力が持たないし、そうするしかないか」


 俺は男の方へ方向を変え、後ろからソリディも着いてくる。


「おっ、やるかぁ?」


 男は案の定、二本の鞭を使って正面から攻撃してくる。


「……今よっ!」

「ハァッ!」


 ソリディの合図に合わせ、バナナで二本の黒い鞭を同時に薙ぎ払った。

 すると、黒い鞭は先程と違い黒い球体の中には戻らず、先端から根元まで灰のように崩れさった。

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