第10話育たないバナナ

 魔法を使えないことに哀れんでいるのか、オルダは俺から目を逸らす。

 そして、何故か皆も深刻そうな顔をする。


「……えーとっ。別に、魔法ぐらい使えなくたって生きていけるからそんな顔しないでくれよ」


 すると、ルーチェは俺の肩に片手を置いてきた。


「あんまり気にするな。私の魔力の器もちゃんとした魔法を使うには小さすぎて使い物にならないんだ」


 普段のルーチェなら――


『カズトは魔法も使えないのかっ! 死ねっ!!!』


 とか言ってくるはずだ。きっと言ってくる。

 だが、この空気からするとこの世界で普通は魔法を使えて当たり前なのかもしれない。

 だから、俺みたいに全く魔法を使えない人はいない、もしくは稀なのかもしれない。


「というより今更なんだけどさ、カズトは何の魔法が使えるんだ?」

「え、ああー……」

「彼は魔法を与えられていない。器がないのが証拠だ」


 オルダは近くにあった柱に身体を預けながらそう言った。


「そもそも『魔法』というのは魂に肉体が付く前に、その魂の望みを叶える為に魔法が与えられると言われている。そして、魔力の器も魔法と同様な仕組みで一緒に与えられる。だが……」

「俺の魂は何も望まなかったから魔力の器はもちろん、魔法も与えられていないのか」


 魔法が一つしか使えないということも初めて聞いたが、そもそも俺は異世界から来た身だが魂とか関係あるのだろうか。


 あれ、そういえば俺って異世界『転生』なのか。だけど、身体は元の世界のままだから異世界『転移』か?

 まぁ、とりあえずいっか。


「あー、カズト。ちなみになんだが、魔法はそれ以外に与えられることは無い。……コレは、流石に知ってる……よな?」

「……。ッン!」


 俺はルーチェに向かって右手の親指を立てた。



 ○ ○ ○ ○ ○



「よし、これで準備は大丈夫かな」


 オルダはリーノ、ルーチェ、ソルディの順番で魔力を与えていった。

 途中、オルダがルーチェにも俺達と同じ様に魔力を与えようとしたが、ディシプに何かを囁かれると何故か頭から魔力を与えていた。

 気のせいかその時のオルダの顔は少し赤くなっていた。


「では、最初の仕事ですが――」


 ディシプは資料の紙を数枚めくり、ソリディが先程読んでいた例の島――マリアス島が選ばれた。



 ○ ○ ○ ○ ○



「ウッ……。どうなってるんだよ」


 ディシプの魔法で俺たちは三千体の死体が放置されているマリアス島へ来ていた。

 島の周りは海で囲まれており、目に見える範囲では他の島も何も無い。

 顔を青ざめさせているリーノは今にでも吐きそうになっている。

 一方でエアレズは直立したまま微動だにしていない。


「おい、エアレズ。大丈夫か?」

「……シズカニ。ワシ……タエテル」


 三世神と呼ばれていた流石のエアレズでもこの臭いはキツイらしい。

 普通の人らしい部分もあって俺は心の中で安堵した。


「死体は見えないが、腐敗臭が島中に広がっているな。この辺りの海は大丈夫だろうか。流石にこの臭いは私でも耐えきれそうに、ッウグ……」


 平然を装っていたルーチェも、かなりの限界が来ているそうだ。

 一見、草木が生い茂っているだけの何も無い無人島に見えるが、確かに吐いてしまいそうな臭いが島中に漂っている。


「多分大丈夫よ。魔法によって、この島は外部から、逆に外部には干渉できなくなっているみたい。だから、普通の人じゃこの島に上陸なんて出来ないんだけど……。ディシプって魔族、持っている魔力の質が相当いいのか分からないけど、気になるわ」


 ソリディは子供らしくディシプに興味を持っていた。

 そんな様子を見ていると、一つ気付いたことがあった。

 他の三人と違って、臭いがしないのか特に苦しむ様子も無く冷静だった。


「お前、この臭いは大丈夫なのか?」

「んっ? ええ、『臭いを防ぐ魔法』を私にかけてるから大丈夫よ。それより、あんたこそ平気なの?凄い平然としているけど……」

「えっ、あれ? そういえばそうだよな。でも、なんというか嗅いだことのある臭いなんだよな」

「……あんた、本当にあの森で何があったのよ」


 ソリディは俺が森で暮らしていたということをすっかり信じており、更に困惑させてしまった。


「とりあえずその話は後にして……。さっきから思ってたんだが、三人に魔法を使ってやったらどうだ」

「……」

「どうした?」


 ソリディは何故か急に黙り込み、下を向いてしまった。

 すると、先程までカタコトでしか喋れず微動だにしなかったエアレズが俺とソリディの間に入り込む。


「ワシが説明しよう」

「うわっ! エ、エアレズ。大丈夫なのか」

「大丈夫だ。ソリディの為なら」


 俺と二人でいる時のエアレズは頼れる人生の先輩って感じだが、ソリディと一緒の時は親バカみたいになるのは何故だろうか。


「先程、魔王が言ったように普通は魔法を一つしか与えられない。だが、何故かソリディは幾つもの魔法を扱うことが出来る。その代わり魔法の成長速度はかなり遅く、効果も弱くなっている」

「……ありがとう、エアレズ」

「いや、大丈夫だ。その代わりと言っては何だが、今夜、ワシに料理を作って……」

「それは、嫌……」

「……そうか。ワカッタ」


 そうしてエアレズは元の状態に戻ってしまった。


「どうするんだ。俺とソリディ以外、誰も動けなさそうだけど」


 リーノはうずくまりエアレズは右膝を立ててしゃがみ、倒れないようにふんばっている。

 ルーチェも鼻をつまんでやっと少し動けるといった状態だ。


「……分かったわ。私とカズト、二人でこの問題を解決するわ」

「!? ソリディ、流石にそれは……」

「はぁ、ルーチェ。ルーチェだってもう分かってるでしょ。コイツは私の村を燃やした奴らとは無関係なのよ。それに、魔法も使えないんだから何かあっても大丈夫よ」

「それはそうかもしれないが、戦力が……その……」

「つまり私は、って言いたいの?」

「ち、違う、そうじゃ……ウッ」


 ルーチェは一瞬だけ気を失い、そのまま地面に倒れ込む。

 それを見たソリディは右手に持っている大きな杖の先端を右耳に軽く当てる。

 すると、杖の先端が当たった部分を中心にソリディの耳と同じぐらいの大きさをした魔法陣が現れる。


「……ねぇ、オルダ」

『んっ、どうしたんだい』

「ルーチェとリーノとエアレズを城に預かってて欲しいの」

『えっ! 何かあったのかい』

「そんな大したことでは無いわ。三人とも死臭に耐えきれなくて意識が朦朧としているの」

『そういうことか。ソリディとカズトは大丈夫なのかい?』

「私は魔法で何とか。カズトは……なんでか分からないけど大丈夫らしいわ」

「分かった。じゃあ、ディシプリに頼んで三人を保護するよ」


 ソリディは「分かったわ」、と言うと耳元の魔法陣が消える。


「……行くわよ」

「お、おう」


 ソリディは声のトーンを低くして気分を損ねている。

 そんなソリディに向かって、波にかき消されそうな程小さいルーチェの声がする。


「まっ……て……れ」

「まだ私は皆みたいに心も魔法も成長しきってないのは分かってる。だからこそ、今回は皆の手は借りずにやっていきたいの。……大丈夫、心配しないで」


 そう言うとソリディはその場を後にして薄暗い森の中へと入っていく。

 俺もその後をついて行こうとすると、腕の裾を引っ張られる。

 振り返ると、エアレズだった。


「モッテイケ……」


 手渡されたのはいつもエアレズが背負っていたふっくらとしたバックだった。


「あ、ありがとう……」

「ナカニ、オルダノ……プレゼント。ハイッテル。ソリデ……ヲ、タ……」

「分かった。ソリディのことは俺もできる範囲で助けるから、ゆっくり休んどけ」

「……」


 エアレズは安心したのかゆっくりと地面に倒れ、うつ伏せになる。


「行くか……」


 俺はソリディの後を追い、この島の中央にあるという死体の山がある場所へ向かうことになった。

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