第5話赤バナナ、青バナナ、黄バナナ(2)

 爆発による揺れは既に収まった中、先に洞窟の奥へ走っていったルーチェを追いかけて、エアレズは俺を連れて走っていた。


「やはり、爆発は洞窟の最深部で起きたようだな。近づけば近づくほど熱気が高くなるのを感じる」

「なあ……エアレズ。ハァ、ハァ、今思ったんだが、洞窟を爆発するのってむしろ……ハァ、いいんじゃないか? ゴブリンやオークとかの魔物を一気に倒せて、村の人達も万々歳だろ。……ハァ、ハァ」

「ううぅん……まあ、そうなんだがな」


 俺は息が途切れながらもエアレズに疑問をぶつけてみた。


「この国――デナーロ王国は経済を第一にしている小さな国でな。主に農産物を他の国に輸出していたらしいが、それだけでは赤字だったらしい。だから、魔物をあえて生かすためにこういった洞窟の破壊行為は禁止し、魔物の皮や肉などの素材を輸出しているらしい」

「それじゃあ、この国の人達は常に危険と隣り合わせで生活しているってことか……」

「そういう事になるな。むしろ、こういった魔物を保護する為の法がある国が多かろう。だが、この国は人口洞窟を作り、そこで魔物を人間が管理しているというから異常だ」

「……」


 エアレズによれば魔物は空中に漂う目には見えない『魔力』が固まり、固まった魔力量やその周辺の地形や気候によって魔物という生き物が形作られるらしい。


 俺とエアレズは沈黙したまま走っていると、前方に剣を構えたルーチェを確認した。


「もしかして、あそこがこの洞窟の最深部か」

「そうかもな」


 俺達は急いでルーチェの元へ走っていった。



 ○ ○ ○ ○ ○



「大丈夫かっ、ルーチェ」

「……エアレズ。ああ、私は大丈夫だ。だが……」


 ルーチェは奥にいる二人の人影に目をやった。


「はぁ、やはり来てしまいましたか」


 男は眼鏡を指で押さえ、ため息を吐きながらそう言った。


「っん? どうした、早く続けようぜっ。いくぞっ! 必殺、爆発――」

「やめろっ! 今の状況が分からないのか」


 眼鏡の男は隣にいる迷彩柄のバンダナを着けた少年のような男と何やら揉めている。

 だが、それよりも更に気になるものが目に入ってきた。


「ルーチェ……これはお前がやったのか?」

「そんな訳がないだろ。この大きさのトロールの腹にここまでの大きいを私が空けれるわけが無い」


 揉めている二人の男の目の前には、全長五メートルほどのトロールが腹部に穴を空けて岩壁にぐったりとよしかかっていた。


「そこの二人に聞きたいことがある」

「……ハァ。なんでしょう」

「それは、お前達がやったのか?」

「ああっ、これのことですか。ええ、確かに私達です。ただ、正確に言うと私はこの野蛮な男に指示をしていただけです」


 眼鏡をかけた男が意味の無い屁理屈を述べている横で、野蛮と言われた男が何か言いたげに睨んでいた。


「おいっ! 『野蛮』ってなんだよ。俺の名前はバルバリって言うんだよ。誰だよ、『野蛮』って。なら、お前は『メガネマン』だな」

「……これでのやり取りですね。では、私もこの流れで名乗りますか……。私の名前はセリオと申します。以後、お見知り置きを」


 バルバリとセリオ。

 この二人が先程の爆発を起こした犯人だ。

 そして、俺とエアレズだけが分かること。

 それは……。


「あー、セリオに聞きたいことがあるんだが……」

「どうかしましたか?」

「セリオが今着ている服って、だよな」

「ええ、『シンセリティ』というブランドのスーツです。このスーツの良さを演説したいところですが、そのような空気ではありませんね……」


 セリオはネクタイを左手で少し緩める。


「バルバリ。お前さんにも聞きたいことがある」

「えっ、俺っ!」


 エアレズから突然名前を呼ばれたバルバリは、場違いな大きい声を出した。


「そこでグッタリとしているトロールだが、どうやったか教えてくれないだろうか?」

「へへっ、聞いて驚くな。コレを使って……」

「すみませんが、その話は無しでお願いできませんか?」


 バルバリは、大きい七個のポケットと小さいポケットが三個、計十個のポケットが付いた防弾チョッキを着ていた。

 一個の大きいポケットからなにかをとりだそうとしていたが、セリオが横から割り込んだ。


「なんでだ? ……もしかして、何かやましいことでもあるのか。そうだよな、何かやましいことがあるから話をそらそうとしているんだよな。だったらいっその事『ソレ』で俺達を殺してみたらどうだ?」


 俺はバルバリが持っている武器を出させる為、煽ってみた。


「……カズト。もしかして今のは、私の真似だろうか」

「……」


 ルーチェはタイミングが悪かったり、普段は感が鈍そうだが、こういう時にだけ感が良くなるのだろうか。


「それより、さっきから何の話をしているんだ。私だけ取り残されている気がするが……」


 すると、セリアは何かを思いついたかのように口元に笑みをこぼす。


「しかし、いいんですか。ここにいても」


 セリアは、俺とエアレズの前にいるルーチェに語りかけてきた。


「どういう意味だ?」

「いえ、実は私達の仲間がもう一人いまして……。今現在、アルクニ村に居られると思うのですが、何をしているのでしょうかねぇ……」


 セリオは不敵な笑みを浮かべながら意味深にそう言った。


「……っ!? ソリディ! リーノ!」


 ルーチェはセリオの話で何かに気づくと、青ざめた顔で来た道を振り返る。

「ルーチェ、行ってきてくれ。ここはワシとこやつで何とかする」

「大丈夫なのか?」

「ああ、俺達なら大丈……」

「お前に聞いてないっ!」


 はぁっ?


「大丈夫だ。だから、あっちの方は頼んだぞ」


 ルーチェはエアレズの方を見ながら顔を頷かせると、急いでアルクニ村へ向かっていった。


「クッ……! あっ……失礼。カズトさん、貴方は随分あの女性に嫌われていますね」

「別にいいんだよ。一度殺されそうになったんだから。というか今の話、嘘だろ」

「……私達は勿論、貴方達にとっても都合がいいのでは?」

「そうだな。……カズトとお前さん達が異世界人だということがバレると、説明やら色々とめんどくさいからな」


 セリオは爆発の影響で付着したのか、眼鏡に付いた砂埃を胸元のポケットに入ったハンカチで拭き始める。


「いやー。しかし、あの森の中で首を落とそうとするとは……。野蛮な人間の考えることは理解出来ないですね」

「……待て。お前らまさか、あの場にいたのか?」

「ええ、いましたよ。エアレズさんも私達がいたのは気づいていましたよね?」

「……本当か、エアレズ」


 エアレズは柔らかそうな自分の顎髭を撫でるように触り始める。


「そうだ。……バナナが生えていた草から数十メートル先に二人の人影が木の裏からはみ出ているのが見えていた。ハッキリとは見えなかったが、カズトに向けた殺気がワシにまで漏れていたぞ。この、お漏らしめ」


『森が危険』、というのはセリオ達のことだったのだろうか。

 なら、ソルディをリーノに預けたのもこの二人に合わせない為だったのだろう。

 もう少し情報を引き出したかったが、あの野蛮な男が何やら我慢の限界らしい。


「ダアァァッアアッッ! もういいだろ!? 早く『必殺技』を打たせろよ」

「はぁ、分かりました。いいですよ」

「よっしゃああああッッ! 行くぞ」


 バルバリはさっきと同じく、ポケットから何かを取り出そうとする。


「来るぞっ」

「分かってる。だけど、俺はどうやって戦えばいいんだ。剣もろくに扱え無いのに……」

「バナナだ。ルーチェがいない今なら使っても大丈夫だ。持っているんだろう?」

「……っ」


 もう認めるしかないのか……。

 でも、やるしかないんだよな。

 この非日常な世界で生きていくしかないんだ。


 俺はズボンのポケットから見える青いバナナをゆっくりと取り出し、セリオ達に向けて構える。


「フッ……。やはり、貴方も持っているのですか。では、バルバリ。右と左の男達にずつ投げなさい」

「よし……。必殺【爆発手裏剣】!」


 バルバリが俺達に向けて投げてきたものは、二本のバナナだった。

 それも、普通のバナナよりも少し小さく赤かった。

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