第2話干されたバナナ


「カズトは、


 ルーチェは冷たい声で俺にそう問いかけた。


「……いやっ、殺す訳ないだろ。論理的にアウトだし、法的にもダメだろ……」

「ならば何故、カズトはの名前を知っていたんだ?」


 ルーチェはエアレズの持っている『バナナの皮』を指さした。


「知っているも何も『バナナ』だろっ。もしかして、見たことがないのか? 果物だよ。く・だ・も・の!」

「……今まで俺たちは行く先ざきで色んなものを食ってきた。果物だとも食ってきた。それでも、この世にはまだ俺達が知らない果物がこの世には沢山あるだろうな」


アップルって、林檎のことか。

それとグレープは葡萄でチェリーはさくらんぼ。

なんでカタカナ英語なんだ?


 少し気になることを言いながら、ルーチェの後ろに居たリーノは俺を見下した目をしながら前に出てきた。


「お前がさっきから『バナナ』と呼んでいるこれを俺達は見たことがある。だが、俺達が見た時は少なくとも食用なんかじゃなかった。人を焼き殺し、惨殺し、人々に恐怖をもたらす災いの武器だ」


「……はぁ?」


『バナナは人を殺める武器』

 大の大人からそんな言葉が出てくるとは思わず、今までのシリアスな雰囲気が自分の中で壊れてしまった。


「何かおかしいことでも言ったか、カズト」


 ルーチェは眉間にシワを寄せていた。


「……おかしいところだらけだろ。バナナが武器って、何言ってんだよ。子供じゃないんだぜ。しかも、それで質問に答えなかったら殺すって訳が分からねぇよ……」

「じゃあ、そこで死んでいるゴブリンはどうして地面に倒れていたんだ。まさか、その体つきで素手で抵抗したのか。……ふっ、凄いな、カズト。どこかの国の騎士団にでも入ったらどうだ?」

「っ……」


 俺はどうしても信じたくなかった。

 ゴブリンが振り下ろした棍棒を、まさかのバナナで弾いたということを。

 もしも、『バナナが武器』だということを認めてしまえば俺の固定概念は覆り、この世界への恐怖心がより一層高まってしまいそうだからだ。

 突然の日常生活との別れ。

 現実世界では見た事の無い生物との遭遇。

 未知な世界で一人で生き抜いて行かなければならないと思うと、気が動転しそうになる。

 それなら……。


「俺は……。俺は、この森で育った。両親は……恐らくいない」


 俺は嘘をつくことにした。

 何もかもを嘘で塗り固め、自分を守ることにした。


「フードを深く被り、顔の見えない男女のペアが一週間ごとに交代で俺の面倒を見てくれた。でも、ある日を境に誰も来なくなった。その時は少し動揺したが、その人達のおかげで俺は一人でも生き抜くことが出来たんだ」

「……つまり、

「……ああ」


 エアレズは『何か』への『憎しみ』を顔に出している二人とは違い、淡々と語りかけてきた。

 その冷静さに俺は緊張していまい、ただでさえ暑くて流れている汗は量を増した。


「なら、その草から生えているバナナはなんだ」

「……っ!?」


 嘘を考えることに集中して忘れていたが、問題となっているバナナは俺のすぐ後ろでたくさん実っていた。


『この森に詳しいのか』


 それに対して首を縦に振ってしまった以上、このバナナの草についても知っているということになる。


「どうした?まさかお前さんは、ここにバナナの草が生えていることを知らなかったというのか?」

「……知っていた。誰かは分からないが、いつの間にかこのバナナの草は植えられていた。それに、俺はこのバナナを食用として食ってきたんだ」

「だから、そんな訳ねぇだろっ! バナナは人を殺す――」

「待て、リーノ。この男はこんなに言っているんだ。食べれるかどうか、この男に食べてもらったらどうだ?」

「……」

「そ、そうだな。それを食べて生きてきたのなら、今ここで食えるよな」


 少しマズイ状況になってしまった。

 もしも、この世界に存在する『バナナ』は本当に兵器で食べられなければこの場で首を落とされるかもしれない。

 そして、仮に食べられたとしてもバナナは青く、到底食べられたものでは無いだろう。

 吐き出しても殺される。


「どうだ、カズト。そんなに言うならエアレズの言う通り食べてみたらどうだ」


 ルーチェはワザと俺を煽る為に嫌な言い方をしてきた。


「……分かった、食べるよ」

「マジかよ、こいつ……」


 どうやら、リーノだけは本気で言った訳じゃなかったらしい。

 だが、ここで食べなければ死んでしまう。

 俺は一本だけ草からぶら下がっているバナナを取る。

 黄色いバナナと同様に茎部分から皮を剥こうとしたが、意外と硬かった。


「悪いが、誰かナイフを持っていないか」

「ああ、持っているぞ」


 そう言いながらエアレズはパンパンに膨らんだバックから鞘にはいった小型のナイフを出してきた。


「ほれっ」

「んっ。……よしっ」


 中身を開けてみると、見た目は意外と熟成したバナナと変わりは無く、匂いも悪くなかった。

 だが、中身を指で触った感じだど明らかに硬さが違う。

 やはり、人がどう考えても食べられるものでは無い。

 それでも俺はこの場で食べるしか無い。

 中身を手で掴み、大きく開けた口に丸ごとバナナを押し込んだ。


「っ!!??? オエェェエッッッ」

「うわっ!?」


 あまりの渋さに俺は耐えきることは出来ず、吐き出してしまった。

 だが、この世界のバナナもちゃんとした食用だ。熟成していたら食べられた。

 しかし、この結果を傍から見た人達はどう見えるか。


「……ルーチェ」

「分かっている。……カズト、お前は恐らく天国に行くことは出来ない。ソリディの家族を殺し、村を焼き払ったんだ。仮にカズトがその張本人じゃなくとも、このバナナを持っていた、つまり、あいつらの仲間なんだろっ?」

「……ハァ、ハァ。だから、ちがっ……オエッ!」


 ここに来て脱水症状の影響が本格的に出始め、目眩で吐き気が止まらなくなり、四つん這いでいるしか無かった。


「天国に行けると思うな……」


 そう言うと、ルーチェは鞘から剣を抜いて俺の首元に持ってくる。

 そして、その剣をルーチェは自分自身の頭上に持っていき構えた。

 その際に先程のルーチェの言葉を思い出し、ソリディを見てみる。


「……ッ」


 ソリディは俺を酷く恐れているのか、身体を震わせてこちらを見ていた。

 そうしている内にルーチェは見境なく、構えた剣を俺の首元に目掛けて振り下ろす。

 そこで俺の意識は無くなった。

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