バナナで釘を打てたなら

椅子ノ町

第1話バナナは武器に入りますか?

「……うーん」


 まだ完全には開いていない瞼を擦りながら、時計を見ようと右手でスマホを探し始める。


「……あれ。いつもここに置いているはずなのに……」


 寝る前に俺は毎日スマホで動画を見ながら寝落ちしている。

 だから、大体は布団の上に乗っていることが多く手探りですぐに見つけていた。

 しかし今日は、手探りじゃ一向にスマホが見つからない。


 おかしいなあ。

 どっかに寝相で吹っ飛ばしたかな。

 ……というか、布団の触り心地がおかしい。いや、そもそも布団なのか? 

 それに、目も開けてないのに眩しすぎる。

 カーテン閉めてなかったっけ。


 俺は重くて憂鬱な瞼を持ち上げた瞬間、開いた瞼の少しの隙間からいつもとは比べ物にならない程の光が入ってきた。


「うがぁっ!」


 あまりの明るさに目が眩んでしまい、思わず瞼を閉じてしまった。

 しかし、段々と明るさに慣れてくると同時に少しずつ目が開いていった。


「……えっ。何処だ……ここ」


 目が開ききると、目の前には自分の部屋とは明らかに違う光景が広がっていた。

 巨大な木々が鬱蒼とし、地面は布団でも木材でもなく、土があった。


 どういうことだ?

 ……もしかして誘拐されたのか。

 いや、でも俺の部屋は二階だぞ。

 そもそも、なんで俺を誘拐したんだ。

 てか、誘拐なら建物の中とかに監禁するものなんじゃ……。

 いや……まさか、親に捨てられた?

 そんなことあるのか。


 頭の中に様々な想像が浮かんでくる中、あの音が空気を読まず鳴ってしまう。


 ぐうぅぅうぅー


「はぁ、こんな時でも生き物ってお腹が空くんだな……」


 ひとまず、考えるよりもお腹の虫を抑える為に食料を探すことにした。



 ○ ○ ○ ○ ○



「はあ、はあ、はあ。……何も無い」


 あれから何時間が経ったんだろうか。

 それっぽい木の実や生き物すらも見つからない。

 熱帯地なのか気温も高く、体力が元々あまり無い自分はフラフラとしたおぼつかない足取りであてもなく彷徨っていた。


「はあ、はあ。学校に行く以外は、基本引きこもりだったのに……。なんでこんなことに。はぁ、喉が渇いた」


 軽い脱水症状なのか視界がぼやけてきた。


 まずい……。

 今日は耐えれても、明日には死ぬんじゃないか。そもそも何時間たった?

 せめて、水分が欲しい


 そして、露出した木の根に気付かなかった俺は足を引っ掛けてしまい、地面に勢い良く倒れ込んでしまう。

 しかし、それでも諦められなかった俺は頭を上げて周りを見渡す。


 なにか、何かないのか。……んっ


 さっきまでぼやけていた視界が、身体が横になり少しマシになったのか視界が少しだけ鮮明になった。

 更にそのおかげで、目の前に実っているあのに気が付くことが出来た。


「バ……ナナ?」


 バナナだ。それもたった一株しか植えられておらず、軽く数えただけだと九房、一房に十本程のバナナが実っていた。

 しかし、まだ熟成していない。

 その証拠にバナナはまだ青かった。


 バナナって青くても食べられたっけ。

 確か、エグミが凄いとかなんとか……。

 食べてみるか。


 俺はフラフラと立ち上がり、意を決して丁度目の前にあった三本のバナナの内、一本だけ手に取ってみる。


「……ゴクリ」


 喉を鳴らしながら、バナナの皮を剥こうとした。その時――。


「ウギャ?」

「……えっ?」


 いつの間にか俺の横には棍棒を持った緑色の生き物が立ち尽くしていた。


「……まさか、ゴブ……リン?」


 立ち尽くしているゴブリンは俺と同じぐらいの背丈をしており、痩せ型ではあるものの腕の筋肉はしっかりしていた。


「ウギャァァアアア!!」

「うわぁああ!!」


 そのゴブリンは俺の持っているバナナに目をやると耳をつんざくような叫び声をあげ、俺の頭に目掛けて棍棒を振り回してきた。


「いてっ」


 しかし、ゴブリンの叫び声に腰を抜かし、地面に尻もちを着いた俺は頭上ギリギリで棍棒を回避した。

 だが、それによって足は恐怖と疲れで動かなかった。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイッ!

 このままじゃ殺される。

 何か、何かないのか


 周りを見渡してみるもあるのは小石や乾燥した土ぐらいしか無かった。

 そうしている内に、ゴブリンは両腕で持った棍棒を振り上げた。


(ハア、ハァ、終わっ……た)


 絶望的な状況の中、俺は最後の悪あがきで頭を守るように右手を頭上に掲げ、目をつぶった。

 そして、ゴブリンは棍棒を勢いよく振り下ろした。


「……ギャンッ!?」


 しかし、ゴブリンが振り下ろした棍棒は俺の右手には当たらなかったが、右手には謎の振動を感じた。

 それどころかゴブリンの情けない声と共にがした。

 ゴブリンの様子と音の正体が気になり、ゆっくりと目を開けてみる。


「……どうなっているんだ」


 目の前にはゴブリンが何故か地面で仰向けになって倒れていた。

 まだ死んではおらず、棍棒を地面に突き立てて立ち上がろうとしていた。


「……はっ、早く追撃しないと。何か……何か無いのかっ……んっ?」


 先程、ゴブリンの声と共に聞こえた何かが潰れた音。

 その正体は、俺の右手に持っているものだった。


「バナナの中身が……無い!? っていうか……。いや、有り得る……のか?」


 俺は子供の頃を思い出してしまった。


『へへッ、このバナナは銃だっ! バンッ、バンッ』

『だったら、こっちのバナナは剣だっ! カキンッ、カキンッ。おりゃあぁああっ!』


 今思えば何を言っているんだ、っと思わずツッコミたくなる思い出だ。

 しかし、無傷の右手、その右手に伝わった振動、ゴブリンの声とバナナの潰れた音。

 そこから導き出される答えは……。


「……一か八か、やるしかないっ!」


 俺は潰れたバナナを足元に捨て、新しいバナナを取ろうとした。


「っ!?」


 しかし、俺がバナナを取る前にゴブリンは立ち上がり、また棍棒を振り上げていた。


 駄目だっ、間に合わ……


 すると突然、ゴブリンの背後に人影が現れた。


「――ハァッ!」

「ウギャァァアアッ!!!」


 女性の声と共にゴブリンは聞いたこともない叫び声をあげる。

 ゴブリンの下腹部に視線をやると、銀製の鋭く尖った剣先が貫通していた。


「……」


『何が起きたのか』。そう唖然としながらバナナを取ろうとしている体制で固まっていると、ゴブリンの下腹部に刺さった剣は抜かれ、地面にぐったりと倒れ伏せた。


「大丈夫か?」


 女性は柔らかい笑みを顔に浮かべながら、優しそうな声でそう言った。


「えっ……あっ、はいっ! だっ、大丈夫です」


 そう言いながら俺はこっそりとバナナをズボンの右ポケットに入れた。


「そうか、 良かった。……おおい、皆っ!  こっちに来てくれ。遭難者がいるっ」


 俺の居る位置とは反対方向にその女性はそう叫ぶと、林の奥から三人の人影がこちらへ向かってくるのが見えた。


「おーい、大丈夫かー」

「ハァ、ハァ。なっ、なんで、こんな所に……そっ、遭難者がいるのよ……」

「ミリア、大丈夫か。抱っこしてやろう」

「いらないわよっ、この変態オヤジッ!」

「……ありがとう」

「何がよっ!」


 俺と同じぐらいの歳であろう男性を筆頭に、自分よりも幼そうで背丈にあっていない大きい杖を持った女の子と少しだけふっくらとした身体で顔にシワが付き、顎髭の生えた男性が言い争いながら走って来ていた。


「あの三人は、私のパーティーの仲間だ。安心してくれ」

「えっと……」

「んっ? ああ、そういえばまだ私達の名前を言ってなかった」


 女性はゴブリンの紫色の体液が着いた剣を振り払い、鞘にしまった。


「私の名前はルーチェ。ルーチェ・ヴァッリーノ。前衛で皆を守り、相手に攻撃をする役割を担っている」


 ルーチェが自己紹介を終えると、先頭にいた男性がこちらに辿り着いた。


「そして、この男はリーノ。リーノも私と同じ様な役割だ」

「リーノ・ノーマだ。よろしくっ!」


 そして、女の子と顎髭の男性も遅れてやってきた。


「でっ、この子がソリディ。魔法を得意としていて、攻撃魔法と回復魔法も使える」

「はぁ、はぁ。ソリディ・ヴァイス、よろしく……」

「最後に、この男がエアレズ。ダンジョン内の罠解除を得意として、魔物の生態について熟読している。それと、普段は荷物を持って貰っているが、いざと言う時はソリディの防衛もしてくれている」

「エアレズ・タンザーだ。……お前さん、変わった格好をしているな。よろしく」


 エアレズはゴツゴツとした右手を差し出してきた。

 俺は、恐る恐る差し出された手を握った。


「よろしく、お願いします」


 すると、何故かエアレズは俺の手を強く握り締め、鋭い眼光で俺の顔を睨んできた。


 もしかして、俺がソリディを誑かすとでも思っているのか……。


 そして、何事も無かったかのように俺から手を離した。


「それで貴方の名前は?」

「えっ……」

「念の為、聞いておきたくてね。それと、何処に住居があるのかも知りたい」


 ゴブリンが出てきてから薄々気づいていたが、ここは明らかに日本では無い。

 というより、そもそもこの世界は地球なんて呼ばれる場所では無い。異世界だ。

 つまり、俺の住居は当然無いし、戸籍何てものは無い。


「ああ……。えっと、俺の名前はカズト・アラカワだ。それと、家のことなんだけど……。実はこの森でずっと暮らしてて――」

「なにっ!? この森で暮らしているってどういう事だ。親はどこだっ、今までどうやって生きてきたんだ」


(やっぱり、無理があったか……)


 ルーチェの質問に対してどう返すか悩みながらも、即興で答えようとした。

 しかし、そんな俺たちの横でエアレズは地面に落ちている『何か』を拾い上げた。


「カズト。……これはなんだ?」

「えっ、それは、『バナナの皮』だけど」

「……。そうか……」


 それを聞いたエアレズは強ばった表情で、俺の今までの生活に興味津々に聞いてくるルーチェの側へ行くと、何かを耳打ちし始めた。

 すると、ルーチェはバナナの皮を一瞬だけ見ると、今度は俺に目をやる。

 優しい笑みを浮かべていたルーチェはさっきとは打って変わって、無表情になりジトっとした目で俺を見てきた。


「カズト、今から言う質問に対して真剣に答えろ。拒否をするならこの場でお前の首を落とす」

「……いや、待ってくれそれってどういう――」



「カズトは、

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