第一章 追放聖女と騎士隊長④

「そ、それは……治癒の力はそなたが一番強いから……」

 いいわけがましくぼそぼそとつぶやいたボランゾンに、ミーティアはガンッ! とこれまで以上に強い力で杖を床に打ちつけた。

「強いから、じゃないわよ、このクソハゲ親父おやじ! おかげで首席聖女になってから三ヶ月、こっちは一日四時間もすいみん時間が取れていないことをわかってて言っているわけ!?」

「ひぃっ!」

 ボランゾンが縮こまる。ミーティアのはくりよくされ、見物している聖職者たちまであとずさりはじめた。

 とはいえ、彼らはだいたいミーティアに同情的だ。

「確かにミーティア様はここ数ヶ月、ずっと治癒室にいらしたわ。なんならそのすみで仮眠なさっているときもあったし……」

「わたしたちもがんばって治癒に回っているけれど、やっぱりミーティア様のお力はずばけていらっしゃるから……」

「どうしても重傷者はミーティア様に回されがちだものね……」

 聖女たちがコソコソとうなずき合う。ボランゾンがうろたえた様子で視線を泳がせた。

「そ、それは……や、やはり重傷者には早いこと楽になってもらいたいではないか……」

「そのお気持ちはご立派ですけれどね。治癒に当たるこちらも、聖女である前に人間なのです。飲まず食わずで働き続ければ、そのうちたおれるという当たり前のことがおわかりになりませんか? ……まぁ、わからないから、このわたくしに追放を言いわたすような能なしのわざせるのでしょうけども」

「の、能なし……」

「わたくしだって首席聖女に選ばれたからには、【神樹】へのいのりは人一倍熱心に行いたいと思っておりましたとも。で・す・が、それをはばむように次から次へと重傷者を回してくるのは、いったいどこの筆頭聖職者様の差し金なんですかねぇ?」

「さ、差し金なんて、そんなことは……」

 さみしくなった頭部に冷やあせにじませるボランゾンに、ミーティアのみならず居並ぶ人々も一様にしらけた視線を送った。

「それでもなお、わたくしを首席聖女から降ろし、地方へ向かわせるということは、単純にわたくしの存在があなた方、神殿の上層部にとってじやだからということですよね」

「うっ……」

 うでみしたミーティアは、縮こまるボランゾンに対し大きなため息をついて見せた。

「重傷者の手当てだけに走り回っておとなしくしていればいいのに、わたくしが神殿のやり方に口を出すものだから、いっそのことわたくしを遠くに飛ばしてなにも言えないようにしてやろう、と。つまり、そういうこんたんなわけでしょう?」

「そ、それは……」

「──それはもなにも、そういうことでしょうが! 最初からはっきりそう言えばいいものを、明らかに『はあ?』としか言えない理由を並べ立てて、わざとらしく大勢の前で言うから、よりこつけいなんですよ。このクソハゲ鹿親父!」

「ば、ばか……!?」

 クソ、ハゲ、のみならず馬鹿まで加わって、ボランゾンはひきつけを起こしそうな顔になってふらついていた。

 ミーティアは盛大に鼻を鳴らして、聖女の杖をやりかなにかのようにかたかつぐ。

「──ま、わたくしもそんな能なしの上司の下であくせく働くのも馬鹿らしいので、お望み通り、中央神殿から出て行って差し上げますわ」

 堂々とした宣言に、聖職者や聖女たちが「そんな!」と悲痛な声を上げた。

「ミ、ミーティア様に出て行かれたら、毎日のように詰めかける人や病人をどうさばけばいいのか……っ」

「ああ、それはわたくしではなく、わたくしの追放を決定したそこの馬鹿親父に言ってくださいな。わたくしも首席聖女としてみなさまいつしよにがんばりたかったのですが、馬鹿の馬鹿な決定のせいで難しくなってしまいました。本当に悲しいことですわ」

 聖女らしいやさしいみをかべてミーティアは言う。

 はかなげで美しい笑顔なのに、くちびるかられる『馬鹿』という言葉がしんらつすぎて、聖職者たちもなにも言えなくなってしまった。

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