第一章 追放聖女と騎士隊長③

「当たり前でしょうが。まず最初の『首席聖女の選考試験』ですけど、それって先日グロリオーサ様と行ったアレですよね?」

 ミーティアは親指でくいっと背後を示す。

 全員の視線がそちらへ向かい、名指しされたグロリオーサという聖女は「ひっ」と首をすくめていた。

「確かに、グロリオーサ様は優秀な聖女です。まだ十六歳でありながらの力が強く、とうもお上手で、魔物と戦う王国たちがこぞってを求めにやってくるせいきようぶり。わたくしも首席聖女として、彼女の成長はとても楽しみにしておりましたわ」

 し・か・し! とミーティアは一文字一文字を強調してから続けた。

「先日、彼女と行った首席聖女の試験、その結果は明らかにわたくしのほうが上だったと思いますけど」

「うっ……。な、なぜそう言いきれる?」

「だって、筆記試験はわたくしが十分で解き終わったのを、彼女は計算や古語がわからないと言って泣きながら三十分以上かけて解いていました。おまけに答案用紙の半分は空白だったと、答案を回収した聖職者がため息をついていましたし」

「んぐっ……」

「実技試験も、傷ついた動物をやすというものでしたよね? わたくしが足を骨折して処分される寸前だった馬を全快させたのに対し、彼女はうしろ足をしたウサギの傷をふさいだのみ。動物相手の治癒は人間相手より大変ですから、癒やしただけでもたいしたものではありますが、馬とウサギで果たして比べものになるものやら……」

「ぐぐ……」

「結界の張り方も、同じ強度の結界をわたくしがこの礼拝室のかべ一面にめぐらせたのに対し、彼女はとびら程度の大きさのみ。結界が展開できる聖女は数が少ないだけに、できるだけですごいのは間違いありませんが、それにしてもねぇ……」

「ぐぎぎ……」

「祈祷文のえいしようもどちらがりゆうれいめたかはいちもくりようぜんでしたでしょう。護符のき方も、彼女のやり方は少々雑だったと思うのですが」

 ほかにもつらつらと語りまくるミーティアに対し、額の青筋をピクピクさせていたボランゾンはえきれない様子でさけんだ。

「け、結局なにが言いたいのだ、この性悪聖女めがッ!」

「どう考えても、わたくしがグロリオーサ様に試験で負けたなど、ありえないと申し上げたいわけです」

 ミーティアは簡潔にはっきり答えた。

 ボランゾンはよけいに顔を真っ赤にする。

「そ、そなた、採点したわれら聖職者の目が節穴だと申すのか!?」

「むしろ節穴以外のなんなのですか?」

「この! 言わせておけばつけあがりおって──」

「あいにく、まだ言い足りないのでだまって聞いてくださいね。理由二つ目の『首席聖女の職務の範囲外となることを行おうとした』というのは、まぁいろいろあると思いますが、一番はわたくしが『地方に聖女をけんしたほうがいい』と進言したことが挙げられるのでしょうね」

 ミーティアはそれまでの不機嫌顔を少し引っ込め、真面目まじめに告げた。

「最近、地方で魔物退治にいそしむ騎士たちの怪我が増えております。魔物の数が例年にないほど増えていると。考えたくはありませんが、これは【神樹】の加護が弱まっているしようではありませんか?」

「【神樹】の加護が弱まっている……!?」

 集まった聖女や聖職者たちがゾッとしたおもちで立ちすくんだ。

 場がそうぜんとなる中、ボランゾンだけは「ふんっ」と鼻を鳴らす。

「それをしん殿でんのトップであるわしがあくしていないとでも思うのか? 国境には王家とも話し合った上で、じゆうぶんな数の騎士を派遣している。これは政治的な問題で、聖職者が考えるべきものだ。聖女の職務のはんではない!」

「とか言って、地方で傷ついて戻ってきた騎士の手当ては聖女に丸投げするくせに」

「な、なにをぅ?」

 今度はミーティアが「はんっ」とボランゾンを鼻で笑った。

「しょせん、聖職者が持つ【神のおんちよう】たる聖なる力は、聖女のあしもとにもおよびませんものね。この神殿にいる聖職者全員の力を合わせても、わたくし一人にかなうものではないというのは自覚されておりまして?」

「な、なん……、こ、この……っ」

「あら、人間って図星を指されると言葉が出なくなるものですね」

 ミーティアはこれ以上ないほど、いやみったらしく笑う。だが再び口を開いたときには真面目な面持ちに戻っていた。

「騎士も数に限りがあります。そもそも怪我をして戻ってくる騎士を減らすためには、一度聖女が地方をめぐって【神樹】の加護が及ぶ範囲──すなわち、国境に沿って設置してある【くい】の状態をかくにんし、場合によっては祈りをささげる必要があると思います。──と、提案したことが『聖女の職務の範囲外のことをした』に当たるというなら、わたくしが提案する前に聖職者のほうで対策を練っておくべきだったのでは?」

 つえの先を筆頭聖職者に向けて、ミーティアはいきどおりを込めて主張する。

「おっしゃいましたよね? 『政治的な問題は聖職者が考えるべき』なのだと。わたくしからすれば、あなた方がこの問題をしんけんとらえているとはとうてい思えません。事態はこの国の安全に及ぶというのに!」

 ガンッ、と杖でゆかたたいて、ミーティアは続けた。

「そして三つ目の理由の『【神樹】への祈り時間の不足』ですが、これは当たり前のことでは? 大怪我をした騎士が年がら年中運び込まれてくるし、その治癒はすべてわたくしに回されるのですよ? 祈るどころかねむる時間すらけずっている有り様なのですが」

 どうなんだとにらまれて、ボランゾンはうぐっと言葉をまらせた。

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