第一章 追放聖女と騎士隊長②

「ひっ……、ミ、ミーティア様?」

 彼女を取り囲んでいた聖女の一人がびくっとしながら問いかける。ほかの面々もまったく同じおもちで、とつじよ険悪になったミーティアに信じられないという目を向けていた。

 そんな中、当の聖女ミーティアはゴゴゴゴ……という地鳴りの音すら聞こえてきそうなふんで、れんなくちびるからどこまでも低い声をらす。

「このわたくしから、首席聖女の称号を剥奪……? 筆頭聖職者ボランゾン様? もしや、頭の表面だけではなく中身までうすっぺらになってしまいましたの?」

「はっ……?」

 いかりを過分にふくんだ声はもちろん、言葉の内容もおんなものだ。

 居並ぶ人々も、宣告を下した筆頭聖職者のボランゾンもびくっと首をすくめてしまった。

「え、え、ええと、ミーティアよ……?」

「目を丸くしてないで、さっさと答えてくださいます? ゆうしゆうかつ有能なこのわたくしを首席聖女の座から降ろすなんて、正気かどうかと聞いているのですが?」

 手にした杖で大理石造りのゆかをガンッとたたき、聖女ミーティアは目の前のボランゾンをへいげいする。ボランゾンのほうが彼女の三倍は長く生きているというのに、そんなことはお構いなしと言わんばかりのごうまんな視線だ。

 聖女と言うよりおうのような雰囲気に、ボランゾンも周囲も思わず冷やあせをかいた。

「う、うそでしょう? あのミーティア様がボランゾン様をにらみつけている……?」

「あの、常に笑顔でだれにも優しく、はん的な聖女のミーティア様が……?」

 だんの彼女とは明らかにちがひようへんぶりに、聖女たちは小さくなって寄りそい、聖職者たちも困惑しきりといった顔を見合わせた。

 筆頭聖職者ボランゾンも同じにんしきだったらしい。すっかりさみしくなったとうはつおよび口ひげをひくひくとふるわせ、顔をじわじわと赤くしていく。

「そ、そ、そなた、なんだ、そのことづかいは……!? 筆頭聖職者たるわしに向かって、なんたる無礼──!」

「理由も説明せず、いきなり『はい、追放』とか言ってくる相手に敬意をはらう必要はないと考えて、あえてこの口調で話しているのですが? 敬語を失わないだけマシとは思われません? あなた様のことを『このクソハゲ親父おやじ』とお呼びしてもいい程度には、わたくしも腹を立てておりましてよ」

「く、クソハゲ親父だと……!?」

 ボランゾンがのどめられたおんどりのような声を出す。

 裏返ったその声と『クソハゲ親父』というしようがツボに入ったのか、周りを囲む何人かが「ぷっ」と小さくき出した。いずれも顔を真っ赤にしたクソハゲ親父……もといボランゾンににらまれ、あわててすまし顔にもどったが。

 そんな中、聖女ミーティアはげんな面持ちをかくすことなく、上役たるボランゾンをにらみつける。

「で、どうしてわたくしが首席聖女の座を降ろされて、地方に飛ばされるのですか? 理由を話してくださらなければ、わたくしはもちろん、ここに集まった聖女や聖職者たちもなつとくすることができないと思いますが」

 杖でまたガンッと床を叩いて、ミーティアはすごむ。

 聖女とは思えない詰めより方はともかく、言っていることはごくまともなので、ボランゾンは奥歯をギリギリとみしめた。

「ふ、ふんっ! そもそも聖職者のトップであるわしを、そんな目でにらんでいる時点で首席聖女にはふさわしくないわ!」

「そういう感情論はどうでもいいので、納得のいく理由と説明を!」

「こ、このっ、……それがおまえのほんしようだったとは……っ。やはり追放の決定を下して正解だった……」

 ブツブツとつぶやきながらも、ボランゾンはわきかかえていた巻物を広げる。それを高々とかかげた彼は、もっともらしくせきばらいをした。

「うぉっほん。では説明しよう。称号剥奪の理由は『一つ、首席聖女の選考試験にて、一位の成績を残せなかったから』、『二つ、首席聖女の職務のはんがいとなることを行おうとしたから』、『三つ、【神樹】へのいのり時間の不足』──以上だ!」

 周囲がまたざわざわと不穏な空気に包まれる。ボランゾンは「なにが不満だ」とでも言いたげな面持ちでその場で胸を張った。

 三つの理由を聞き終えたミーティアは、ふぅっと一つため息をついてから、しっかり顔を上げる。

「──では、その三つの理由に異議を唱えさせていただきます」

「い、異議だと?」

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