第25話
「早速だが、王さんに聞きたい。――一連の事件に関わっていたというのは本当なのか?」
僕がそう言うと、王論宗は死んだ魚のような目で質問に答えた。なんというか、彼は上の空である。
「どうだろうか。そこの警部に話した通り、確かに私は複数の人間を殺害した。遺体をポーカーの役に見立てた理由は――その方が『面白い』と思ったからだ」
「どうしてなんだ」
色々な疑問が噴出する中、王論宗は質問に答えた。
「名前を聞いて分かる通り、私は中国系犯罪組織『爆龍』の一員であり、リーダーでもある。『爆龍』は関西を拠点として数々の犯罪に手を染めてきた。違法薬物、違法賭博、窃盗、殺人――なんでもありだ。ポーカーの見立てを思いついたのは、大阪で闇カジノの運営に関わっていた時だ。結局、その闇カジノは摘発されてしまったが――摘発される際に、私は運良く警察の魔の手から逃げ出した」
王論宗の話は、とても生々しいモノだった。――これが、爆龍の実態なのか。
それから、僕が蒐集した資料を見ながら王論宗は話を続けた。
「闇カジノがあったのは難波だったが、そこから梅田方面へと逃げ出した。――阪急の京都線で殺人事件を起こそうと思ったのは、言うまでもなく大阪府警への挑発だった。ついでに京都府警にも宣戦布告を起こそうと思った。――その結果が、件の事件だ」
王論宗は軽い口調で事件の経緯を説明するので、僕の心の中には――彼に対する憎悪が増していた。
あまりにも軽々しいので、僕は――王論宗に反論した。
「たったそれだけの理由で、数多の犠牲者を出したのか! 人の命をなんだと思っているんだ!」
両足を足を組んで腕を頭に置きつつ、王論宗は僕の疑問に答えた。
「――ああ、玩具だと思っている」
この男は、イカれている。まるで話が通じない。これ以上王論宗から話を聞いても、分かり合うことは出来ないだろう。僕はそう思った。
「分かりました。――もういいです」
「江成君、もういいのか?」
「王論宗の思考回路は、なんというか――よく分からない。これ以上彼から話を聞いても、堂々巡りを繰り返すだけだ」
「そうか。――分かった」
後で聞いた話だが、どうやら明智警部も王論宗には手こずっていたらしい。――要するに、「理解不能」である。
仕方がないので、僕は取調室を後にすることにした。王論宗は、僕の方を睨みつけていたが――そんなことはどうでも良かった。
*
「という訳だ。――力になれなくてすまない」
事務所に戻った僕は、善太郎に対して事の
「ああ、そんな事だろうと思ったぜ。オレの親父が取り調べに苦労するぐらいだから、
そういえば、善太郎は若田洋平から事件について聞き出せたのだろうか? 僕は、彼に対してそのことを聞いた。
「ところで、善太郎は若田洋平から色々と聞き出せたのか?」
善太郎は、丸いサングラスを外して――僕の質問に答えた。丸いサングラスの下は、日本人とは思えない薄い色素の眼をしていた。
薄い色素の眼を見開きながら、善太郎は話す。
「エラリー、よく聞いてくれ。オレは、確かに若田洋平から情報を聞き出した。簡潔に説明すると――若田洋平は、大槻美優殺しの真犯人だ」
「そうか。――だから、王論宗は『大槻美優の殺害』については否定していたのか」
「エラリーの見解が正しければ、そういうことになるな。しかし、どういう訳か――事件現場にはロイヤルストレートフラッシュのトランプが置かれていた。これについてはどう説明するんだ?」
僕は、王論宗に対する「尋問」で得られた情報を元に――推理した。
「これは僕の推理でしかないが、恐らく――若田洋平は大槻美優の胸部をナイフで刺した。そして、遺体を十三の目立つ場所に遺棄した。そして、たまたま遺体遺棄の様子を見ていた王論宗が、ロイヤルストレートフラッシュに並べたトランプを遺体の横に置いた。――こんなところだろうか?」
「なるほど。――エラリーらしい推理だな。ただ、ロイヤルストレートフラッシュの『K』に王論宗の血液が付着していたのが気になるところだ」
「ああ、その点に関してだが――多分、自分で自分の血液を付着させたのだろう」
「要するに、『自作自演』というヤツか」
「善太郎の言葉を借りると、そうなるな」
「これで、後は――王論宗が吐くのを待つだけだな」
「そうだな。――親父が朗報を持ってきてくれるのを待とう」
しかし、朗報を待っている僕たちに対して――明智警部から最悪の知らせが入ってきた。
「善太郎、スマホが鳴っている」
「――親父か。朗報だと良いのだが……」
そう言って、善太郎はスマホの通話ボタンを押した。一応、僕たちに聞こえるようにスピーカーホンの状態になっていた。
スピーカーからは、明智警部が暗い
「善太郎、残念なお知らせだ」
何も知らない善太郎が、明智警部の「残念なお知らせ」を聞き出そうとする。
「残念なお知らせ? 一体どうしたんだ?」
「王論宗が――取調室から逃走した。恐らく、京都市内のどこかに逃げ込んでいるものと思われる」
「そうか。――オレ、捕まえに行ってもいいか?」
「善太郎がそこまで言うなら、私は止めない。ただ、厭な予感がするだけだ」
「厭な予感? そんな事、どうでも良いだろ」
そう言って、善太郎はスマホの終話ボタンを押してしまった。
やり取りを聞いていた仁美が、善太郎に向かって話しかける。
「明智先輩、これ以上事件に深入りしない方が良いと思うわ。まさか、先輩の命って――王論宗に狙われてないでしょうね?」
仁美は正論を話していたが、善太郎は――それを拒絶した。
「ああ、確かにオレの命は王論宗とかいう野郎に狙われている。それは事実だ。でも、オレはこんな事じゃへこたれないぜ?」
「わ、私は――先輩が心配だから正論を言っているんじゃないの。これ以上先輩が事件に対して深入りするんだったら、私はもう帰らせてもらうわ」
「勝手にしろ!」
2人の口喧嘩に対して、僕が入る隙は――なかった。
*
口喧嘩の末に、僕と仁美は――四条通の安価なイタリアンレストランへと向かった。当然、善太郎がどうなっているかは知らない。
それでも、僕は仁美を説得させようとする。
「仁美、少しは頭を冷やせ」
「そんな事言われても、もう先輩には付いていかないって決めたから」
なんというか――仁美は、ボトルの赤ワインを1本開けている。僕でさえ空気を読んでノンアルコールのドリンクバーにしたっていうのに、どうかしている。
一応、善太郎が不在の状態でも事件についてまとめられるようにしておいたが、矢張り善太郎がいないとなると――締まりが悪い。
締まりが悪い中で、僕はダイナブックの電源を入れた。やるべきことと言えば――なんだろうか? 正直言って、それが分からない状態だった。
それでも、僕は資料と照らし合わせながら一連の事件と大槻美優の事件をまとめていく。
事件についてまとめていると、仁美が画面を覗き込んできた。
「へえ、分かりやすいじゃないの。流石小説家だけあるわ」
「小説家なら、情報の整理はできて当然だからな。――あれ? これは……」
「どうしたのよ?」
「――いや、なんでもない。忘れてくれ」
僕が見ていた資料は、大槻美優が殺害された時のモノだった。この事件だけ切り取ると、犯人は紛れもなく若田洋平なのだが――何かがおかしい。
違和感を覚えつつ、僕は若田洋平の行動を整理していく。
まず、若田洋平は大槻美優をナイフで殺害した。これは言うまでもない。
次に、大槻美優の遺体を十三駅周辺へと放置した。恐らくだが、「その手の店」で遺体が見つかることを恐れた結果なのだろう。
そして、放置した遺体を――王論宗が見つけた。多分、このフェーズのどこかで若田洋平の歯車が狂ったのだろう。――僕はそう考えている。
一連の考えを仁美に述べた上で、僕は話を続けた。
「もしも、これが事実なら――若田洋平は共犯者であり、被害者でもある。多分だけど、彼は彼で王論宗とは別の考えを持っていたのだろう」
「別の考え? 何なのよ?」
「若田洋平も、王論宗と同じタイプの連続殺人犯だとしたら?」
「ああ! そういうことね! ――えっと、調べるべきものはこれかしら?」
そう言って、仁美はリンゴ柄のノートパソコンであるキーワードを調べた。
「仁美、スマホじゃないのか」
「こんな案件、スマホじゃ調べられないわよ。――そうだ、江成くんって大阪府警の刑事さんとコネクションを持ってるんだっけ?」
「ああ、持っている」
「じゃあ、今すぐ電話して! これ、江成くんの大手柄よ?」
「そうか。――仁美が言うなら、そうなんだろうな」
そう言って、僕は綾瀬刑事のスマホに電話した。呼び出し音は2回で止まった。
「あら、江成くん。どうしたのよ?」
「綾瀬刑事、若田洋平の調書って持っていないか?」
「丁度見てたとこよ? それがどうしたのよ?」
僕は、綾瀬刑事にある「お願い」をした。
「僕の考えが正しければ、若田洋平は――恐らく、連続殺人犯だ」
「――なるほど。その考えはなかったわね。いいわよ? 要するに、調書から若田洋平の犯行を調べればいいのよね?」
「そうだ。そして、事件現場を――十三周辺に絞り込んでくれないか?」
「十三ね。分かったわ。――江成くん、すごいじゃないの」
恐らくだが、綾瀬刑事はタブレットで「直近十三で発生した殺人事件」を調べていたのだろう。なんというか、彼女の割に声色が明るい。
でも、どこがすごいのかは分からない。
「すごい? どこがすごいんだ?」
僕がそう言うと、綾瀬刑事は質問に答えてくれた。
「確かに、若田洋平は――『その手の店』に勤める女性を相次いで殺害している。なんというか、やり口が『切り裂きジャック』っぽいのよ」
「切り裂きジャックか。――ジャック? ああ、そういうことか!」
「江成くん、急にどうしたのよ?」
「トランプにも『ジャック』のカードがあるだろ? つまり、そういうことなんだ」
「――ああ、そういうことね。お互い、どうしてもっと早く気付けなかったんだろうな」
僕が気付いたこと。それは――シンプルすぎて見落としていたモノでもあった。
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