Phase 07 くだらない提案

第24話

 スマホのアラームで目を覚ますと、善太郎がパソコンを起動したままで寝ていた。――いびきが五月蝿い。

 仕方ないと思いつつ、僕は給湯室のトースターでパンを温める。パンの匂いに釣られたのか、仁美も目を覚ました。

「ふぁーあ。ああ、江成くんの方が早起きだったのね」

「そうらしい。その証拠に、善太郎はいびきをかいて寝ている」

 僕がそう言うと、仁美は――善太郎の方を見つめた。

「確かに、寝てるわね。――このままにしておく?」

「いや、そういう訳にはいかない。僕と善太郎は、これから京都府警の本署に行かなければならないからな」

「ああ、例の件ね。――いい情報、得られると良いわね」

「どうだろうか? まあ、それなりにいい情報は得られると思うが……」

 そんな事を話しているうちに、善太郎が目を覚ました。

「ふぁああああああ。よく寝たぜ」

 背を伸ばしつつ、善太郎はゲーミングチェアの背もたれにどっしりと自分の体重をかけた。

 それから、僕と仁美に向かって話をした。

「それで、例の件だが――オレに提案がある」

「提案? 一体何だ?」

「ああ、とてもくだらない提案なのだが――オレとエラリーが京都府警に向かうのは承前の話として、二手に分かれて話を聞かないか? その方が時間も省ける」

「それはいい提案だな。――それで、善太郎はどっちを受け持つんだ?」

「オレは――若田洋平だな。エラリーは王論宗から話を聞き出してくれ」

 僕は、善太郎の提案に対して反対の意見を示そうと思った。

「よりによって王論宗か。――彼がすべての元凶だということは知っているだろう。僕が受け持つにはあまりにも荷が重すぎる」

「まあ、そう言わずに。オレだって、この作戦が上手くいくかどうか分からねぇんだ」

 善太郎がそう言うなら、仕方がないか。

「――仕方ないな。そこまで言うんだったら、僕は王論宗から話を聞き出す」

「おう、そのセリフを待っていたぜ?」

 そう言って、善太郎は丸いサングラスをかけた。――一応、これが彼の「正装」である。

 丸いサングラスをかけた上で、善太郎は話を続けた。

「それじゃ、オレはエラリーを引き連れて京都府警へと向かう。仁美は――とりあえず資料の整理をしてほしい」

「資料? ああ、これね。先輩の役に立てるんだったら、何でもするわよ?」

 仁美は、そう言いながら散らばった資料をまとめだした。――こう見えて、彼女はプロファイリング能力に長けているのだ。

 そして、善太郎は仁美に向かって言った。

「それじゃあ、オレとエラリーは署に向かう。留守番、頼んだぜ?」

「分かってるわよ? それが後輩の役目なんだから」

 *

 エレベーターで下に降りて、僕は駐車場へと向かった。――赤い日産GTRが停まっている。

 日産GTRの中に乗りつつ、僕は善太郎に苦言を呈した。

「こんな近い距離、徒歩で十分だろう」

 苦言に対して、善太郎は反論というか――正論を返した。

「いや、オレはコイツが足代わりだ。それはどんなに目的地が近くても同じだ。ああ、流石にアルコールが入る案件だと徒歩で向かうけどな」

「それはそうだろう。今は道路交通法も厳しいからな。少しアルコールが入っただけで捕まってしまい、最悪の場合は運転免許を剥奪される可能性もある」

「――コホン。それは置いておいて、とりあえず京都府警本部へと向かおう。無駄な時間は使いたくない」

 そう言いながら、善太郎は車の運転を始めた。――カーナビからは、FM802が流れている。

 車が四条通に出たところで――案の定、渋滞に巻き込まれた。

 僕は、善太郎に質問した。

「いつもこんな感じなのか?」

 彼の口からは、当然の答えが返ってくる。

「ああ、そうだ。――それがどうした?」

「いや、なんでもない」

 全然進まない四条通の光景を見つつ、僕は溜息を吐いた。曇りという天気は、なんとなく僕を憂鬱とさせる。

 1キロメートルという短い距離を、20分という長い時間で進んでいく。そこで、車は漸く烏丸の方へと辿り着いた。ここまでくれば、京都府警本部まではすぐだ。

「そろそろ着くぜ?」

 善太郎がそう言ってから5分ぐらい経って、車は京都府警本部へと辿り着いた。

 僕は、車のドアを開けた。車のドアを開けた先に見えていたのは、紛れもなく京都府警の本部だった。

 僕は、善太郎に対して当たり前のことを聞いた。

「それで――若田洋平と王論宗はここにいるのか?」

 そして、彼の口からは当たり前の答えが帰ってきた。

「ああ、当然だ。親父にも確認した」

 そうして、僕は京都府警本部の中へと入っていった。

 *

 明智警部の父親からの案内で、僕と善太郎は取調室へと向かった。

 本来なら、一般人の立ち入りは禁じられている。しかし、善太郎は明智警部の関係者ということで――すんなりと許可が降りたのだ。当然、入館許可証を首からぶら下げた状態である。

 若田洋平が取調室を受けている場所に向かった所で、僕は善太郎と別れた。

「エラリー、幸運を祈ってるぜ?」

「当たり前だ。善太郎の方こそ、幸運を祈りたい」

「それはそうだな」

 そう言って、善太郎は若田洋平の取調室へと入っていった。

 善太郎と別れたところで、父親――明智警部は話をする。

「正直言って、うちの息子が迷惑をかけて申し訳ないと思っている。しかし、私は京都府警捜査第一課の警部だ。時には、息子の知識が役に立つ時がある」

 明智警部の話に対して、僕はあることを尋ねた。

「――正直言って、善太郎には『刑事になってほしい』と思っていたのでは?」

 質問に対する明智警部の答えは――割と複雑なモノだった。

「ああ、当然『刑事になってほしい』と思っていた。しかし、善太郎という人間はわがままだ。故に、刑事という仕事ではなく探偵という仕事を選んだ。私と母親は反対したが――彼は言う事を聞かなかった。でも、私は彼に対してやるべきことをやった。じゃないと、明智ビルという六之進の持ち物を自分の息子に与えるなんてことはしないからな」

 なるほど。――それが善太郎の父親の答えなら、彼が探偵を志す理由にもなるか。

 そんな事を思っていると、行き止まり――というよりも、大きな扉が見えてきた。

 明智警部は、そこで当たり前のことを告げた。

「ここが、王論宗の取調室だ。――覚悟は出来ているか?」

 僕の答えは、分かっていた。

「当然だ。――入らせてくれ」

 そう言って、明智警部は取調室の鍵を開けた。

 殺風景な風景に、人相の悪い男性が椅子に座っている。

 僕は、明智警部に人相の悪い男性について尋ねた。

「彼が、王論宗なのか?」

「そうだ。――彼が、あの王論宗だ」

 王論宗は、こちらを睨みつけている。――よほど、現状に不満があるのか。

「王さん、あなたに話がしたいという人物が――彼だ」

 そこで、僕は漸く自分の名前を告げた。

「僕は、江成球院だ。――『王論宗と話がしたい』という友人の代理として、こちらに来た」

 相変わらず、王論宗はこちらを睨みつけている。

「私に話? 話すことは、こちらの警部さんにすべて話したが……」

 僕は、王論宗に対して「あること」を尋ねた。

「いや、警部からまだ話していないことがあった。若田洋平に『人殺し』の罪を擦り付けたのは、王論宗――あなたじゃないのか?」

 当然だが、王論宗は僕の質問に対して反論した。

「私は何もしていない! 信じてくれ!」

 そこで、僕は――印刷した資料を王論宗に押し付けた。

「この資料を見ても、そのことは言えるのか?」

「くっ……」

 王論宗は、僕の言葉に沈黙している。

「――その様子だと、本当らしいな」

 少し間を置いて、明智警部も話をする。

「江成君、例の資料はこちらでも見させてもらった。これが事実なら、王論宗は罪のない人間を複数人殺害したことになる。――人の命を何だと思っているんだ!」

 怒りに震える明智警部だが、王論宗は――飽くまでも冷静だった。

「別に、どうとも思っていないが?」

 どうやら、王論宗の言葉は――明智警部の逆鱗げきりんを更に刺激してしまったらしい。

「ふ、ふざけるな! 人間は玩具おもちゃなんかじゃないんだぞ!」

 激怒する明智警部をよそに、王論宗は不気味な表情を浮かべている。そして、座っていた椅子を蹴飛ばした。

「――明智警部、これ以上王論宗を刺激しない方がいい」

 僕の言葉で、明智警部は冷静さを取り戻した。

「――そうだな。私が悪かった。それはそうと、王論宗から話を聞き出せないか」

「分かっている。そのために取調室に来たからな」

 そういう訳で、僕は改めて王論宗と話をすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る