第23話

 普段は広々とした事務所だが、流石に3人で寝泊まりすることになると――狭い。

 本来、こういう時は近くのビジネスホテルに拠点を置くべきだろうけど、京都のホテル代はべらぼうに高いので――拠点を置こうとしても高くつくのだ。それならまだ善太郎の事務所で寝泊まりした方がマシだろう。僕はそう判断した。ちなみに、仁美は若干引いていたが――「清掃係」ということで掃除を任せることにした。

 それにしても、厄介なことに巻き込まれてしまったな。まあ、どこぞの「見た目は子供で頭脳は大人」な探偵よりはいいか。というか、探偵小説を書いている以上、どんな些細な事件でも巻き込まれてしまうのが摂理なのだが。

 そう思いつつ、善太郎はこれまでの事件を整理していく。当然だが、僕と仁美もそれぞれの資料を彼に提示した。

 資料を提示しつつ、僕は善太郎と話す。

「――まあ、そういう訳だ。僕から提示できる資料はこんなものだ」

「なるほど。その様子じゃ、進展はなさそうだな。オレも事件を追っているが、矢っ張り脈ナシだ。だからといってエラリーの力を借りる訳にもいかないし、困ったぜ」

 矢張り、互いに万策尽きた状態だと――物事なんて進む訳がない。

 事務所の近くのハンバーガーチェーン店で買ってきた大きなハンバーガーを頬張りながら、僕は頭を抱えていた。――空腹状態で頭を抱えるならまだしも、満腹状態で思考回路が働かないとなると末期症状だ。

 そんな中、エビカツバーガーを頬張る仁美が、僕に話しかけてきた。

「私にいい提案があるんだけど、聞いてくれるかしら?」

「提案? 一体なんだ?」

「江成くん、『若田洋平と王論宗に話を聞きたい』って言ってたよね。そして、何よりも若田洋平は大槻美優の殺害に関わっている可能性がある。そこでなんだけど、明智先輩のお父さん――明智警部から色々と聞き出すことはできないのかなって思って」

「なるほど。その手があったか」

 仁美の提案には、善太郎も乗り気だったようだ。

「おう、エラリー。その話――もらったぜ。とにかく、その件は親父に伝えておく」

「本当か。助かるな」

「そうは言うけど、オレは京都府警の警部の息子だぜ? これぐらい、当たり前のことだ」

「それはそうか。――とにかく、今の件は明智警部に伝えてくれ」

「へいへい」

 そう言って、善太郎はスマホのメッセージアプリで父親――明智警部に連絡した。

 冷静に考えると、スマホのメッセージアプリでやり取りする話じゃないが、父親とその息子なら当たり前の話なのか。

 善太郎が明智警部とやり取りしている間に、僕はダイナブックの電源を入れる。――持ってきたのだ。

 当然だが、仁美もリンゴ柄のノートパソコンの電源を入れた。こういう時、スマホよりはパソコンの方が幾分かやりやすいのだ。

 そして、ダイナブックでブラウザを開いて――検索サイトであるキーワードを入力した。そのキーワードを入力して検索していると、仁美が画面を覗いてきた。

「ふーん。それで何かが分かんの?」

 僕は、仁美の疑問に答えた。

「どうだろうか。多分、これだけじゃ分からないかもしれない。でも――僕の答えが正しければ、恐らく若田洋平は『シロ』だ」

「は? 何言ってんの? 彼は『自分が大槻美優を殺害した』って供述してたじゃん」

 反論する仁美に対して、僕はある「可能性」を述べた。

「これは一つの可能性に過ぎないが、『遺体が目の前にあって、犯人はその場から逃走している』とする。その時、目撃者が警察に対して伝えるべき言葉といえば?」

「うーん、有名な冤罪を扱った映画じゃないけど――『それでも僕はやっていない』とか?」

「そうなるな。しかし、何らかの事情があって遺体に手を触れたとしたら――どうなる?」

「ああ、確かに遺体には目撃者の指紋が付着するわね。――もしかして、『僕がやりました』って言っちゃうのかしら?」

「そうだ。――そして、その時点で目撃者は容疑者としてお縄にかけられるって訳だ。当然、『本当の容疑者』は行方知らずのままだ」

 僕がそう言うと、漸く仁美は納得した。

「自分は逃げて、目撃者に罪をなすり付けるとしたら――相当悪質よね。私なら、えられずに拘置所で首をくくるわ」

 *

 そうこうしているうちに、善太郎と明智警部のやり取りが終わったらしい。

「エラリー、親父とのやり取りが終わったぜ。――親父、『エラリーがそう言うなら、若田洋平と王論宗に会わせてやってもいい』とのことだったぜ?」

「そうか。なら、明日にでも京都府警に行くべきか」

「そうだな。多分、2人ともしばらくは取り調べを受けるために警察にいるだろう。でも、今日はもう遅い。――スマホの時計を見ろ」

 善太郎がそう言うので、僕はスマホの画面を見た。――午後11時をちょっと過ぎていた。

「そういう訳だ。――子供は寝る時間だぜ?」

「いや、互いに大人だろ。――僕と仁美は32歳だ」

「おい、エラリー。ジョークを真に受けるなよ。それはともかく、明日には京都府警に向かうからな。しっかり眠っとけよ?」

 善太郎がそう言うなら、仕方ない。ここは大人しく寝るべきか。僕は、ソファーの上で眠ることにした。――ちなみに、寝泊まりを嫌がっていた仁美は、ちゃっかり寝袋を持ってきていた。

 *

 ゲーミングパソコンのファンの音で目が覚めた。スマホを見ると、時間は午前2時になろうとしていた。仁美は寝息を立ててすやすやと寝ている。

 ふと、デスクの方に目をやると、大量のエナジードリンクが置かれている。――善太郎が飲んでいたモノか。

 寝起きの僕を察したのか、善太郎が話しかけてきた。

「おう、エラリー。起きていたのか」

「いや、別に起きたくて起きた訳じゃない。でも、眠れないのは事実だ」

「まあ、あれだけ事件が続くと――普通の人間なら精神に異常をきたす恐れがある。しかし、オレは探偵だ。ちょっとやそっとの事件では精神に異常をきたすことはないぜ?」

「それはそうだが……善太郎は、『探偵』という仕事をどう思っているんだ?」

 僕が善太郎に対して持っていた疑問は、次の一言で――あっさりと看破された。

「――天職だ」

 そうか。天職か。僕は転職して「ミステリ作家」という天職を掴もうとしていた。しかし、現実はそんなに上手くいかない。どうあがいても、僕は売れない小説家でしかないのだ。それでも、断筆する気はない。――今の仕事が楽しければ、それでいいのだから。

「なるほど。――善太郎が天職だと思うのなら、それでいいのか」

「おう、その通りだ。――オレみたいな仕事をしている人間なんて、滅多にいないからな」

 善太郎がそう言う割に、ゲーミングパソコンからは――本来公共の面前で聞こえてはならない声が聞こえる。

 ゲーミングパソコンの画面には、女性のいやらしい画像が映し出されていた。

「――おい、善太郎。これはどういうことだ」

 僕がそう突っ込むと、善太郎は――冷や汗をかいていた。

「いや、これは……その……」

 どぎまぎする善太郎をよそに、僕は咳払いをした。

「――コホン。まあ、この件に関しては仁美には内密にしておく」

「お、おう……頼んだぜ……」

 僕と善太郎がどう思っているかはさておき、多分――仁美はこのことに気付いていない。というよりも、この一夜のやり取りは、僕と善太郎との秘密でしかない。

 厭らしいゲームソフトのことはさておき、僕はポットでコーヒーを淹れた。――善太郎みたいにエナジードリンクを飲んでも、体に悪いだけだ。

 淹れたてのコーヒーを飲みつつ、改めて僕は善太郎と話す。

「それで、明日の件だが――」

「大丈夫だ。オレに任せておけ」

「そうは言うけど、今回の件に関して――明智警部には許可を取っているのか?」

「オレは警部の息子だぜ? 取っていて当然だ」

「まあ、そうだな。とりあえず、僕はもう寝るぞ」

「おう。起こしてしまってすまなかったな」

「そんなことはない。――善太郎、本当は寂しいんじゃないかって思って」

「そんなことはないぜ?」

 善太郎は強がっていたが、僕の目には――孤独を抱えているようにも見えた。だからこそ、僕のような話し相手が必要なんじゃないかと思った。


 ――ただ、それだけの話である。

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