第22話
明智警部が言うには、事件の容疑者は5人いるらしい。
「阪急京都線で発生している一連の事件と照らし合わせた結果、容疑者の絞り込みは5人まで行うことが出来た。まず、
こうやって5人並べると、全員が怪しく見える。しかし、「全員シロ」という可能性も考えられる。
僕は、善太郎に対して犯人の様子を聞いてみることにした。
「善太郎、父親の話を聞いてどう思った?」
悩みつつも、善太郎は僕の質問に答えた。
「うーん、親父の話は多分正しいんだろうな。でも、あまり信用しすぎると却って毒だ」
「それはそうだが……」
僕がそう言うと、善太郎は話を続けた。
「第一、親父が被疑者として挙げた5人は何らかの形で事件を目撃している。それは確かだ。しかし、本当にこの5人の誰かが殺人を犯したとは考えにくい。まあ、被疑者の中に王論宗が入っているのは気になるが」
「ああ、確かに――明智警部の話が正しければ、王論宗は『爆龍』のメンバーだ。しかし、『爆龍』自体がよく分かっていない。分かることといえば――京阪神エリアで複数の凶悪犯罪に関わっていることぐらいか」
「そうだな。とりあえず、王論宗のことは一旦忘れよう」
明智警部の話を聞いたのか、仁美も僕と善太郎の話に加わった。
「明智先輩のお父さんの話、私も聞いたわよ? 私が思うに、一番怪しそうなのは若田洋平かしら? だって、十三の事件で重要参考人として取り調べを受けているんでしょ?」
仁美の話に食いついたのは、善太郎の方だった。
「取り調べを受けているんだったら、恐らく調書は綾瀬刑事が所持しているはずだ。一応、大阪府警にも守秘義務ってモノがあるが、オレが言えば――多分、見させてもらえるはずだぜ?」
「そうね。――連絡してみる?」
仁美がそう言うと、善太郎は――サコッシュからスマホを取り出した。
「仁美、そう言うと思ったぜ? オレを何だと思ってんだ?」
「探偵よ。だって、この事件を持ち出してきたのは――明智先輩じゃないの?」
「おう、そうだな」
そう言いつつ、善太郎はスマホで綾瀬刑事を呼び出すことにした。
*
善太郎のスマホが、スピーカーホン状態になっている。――僕たちに聞こえるようにするためだろうか?
そう言っているうちに、綾瀬刑事の声が聞こえた。
「あら、善ちゃん。一体どうしたのよ?」
「綾瀬刑事、例の調書を見せてくれ。――名前は『若田洋平』だ」
「分かったわ。――少し待ってて」
数分後。綾瀬刑事は若田洋平に関する調書を持ってきてくれた。
「えっと――若田洋平。年齢は32歳。職業は小学校教師らしい。その裏で、『生徒に手を出しているじゃないか』って言われてて、十三の『その手の店』への出入りがあったらしいのよね。当然、その件に関して本人は否定していたけど――どういう訳か、大槻美優が殺害された日に出頭してきたのよね」
僕は、綾瀬刑事の証言に対して疑問をぶつけた。
「出頭? どういうことだ?」
僕がそう言うと、綾瀬刑事は――意外な答えを返した。
「なんでも、『大槻美優は僕が殺害した』と言ってたそうよ?」
「大槻美優を殺害したのが、若田洋平?」
「虚偽申告という可能性もあるけど、今のところはそういう風に考えざるを得ないわね。だって、彼が大槻美優を殺害したという証拠なんて――どこにもなかったからね」
「なるほど」
綾瀬刑事の話を整理すると、若田洋平は何らかの理由があって「自分が大槻美優を殺害した」と言わざるを得なかった。多分、誰かに脅されて言われたのだろう。
となると、考えられることは――大槻美優殺しの裏で、誰かが手を引いていることか。
もう一つ気になることといえば、矢張り「京都河原町駅の殺人」だろうか。その点に関しては、多分善太郎が言ったほうが早い。
というわけで、善太郎は綾瀬刑事に質問をした。
「綾瀬刑事、ついさっき京都河原町駅で殺人事件が起こったことは知ってるか?」
「当然知ってるわよ? 善ちゃんのお父さん――京都府警の明智警部から連絡が入ってきたぐらいだからね」
「それなら話は早い。――5人の被疑者のことも把握しているのか?」
「当然よ。――まあ、若田洋平と王論宗が被疑者の中に入ってるのは予想外だったけど」
それから、善太郎は「京都河原町駅の殺人」について分かっていることを説明してくれた。
「親父から聞いた話だと、被害者は――
「なるほど。『カジョウエツコ』と『ジョーカー』ねぇ……」
悩んでいる様子だったので、僕は綾瀬刑事に助け舟を出した。
「確かに、名前だけ見れば『ジョーカー』の見立てであるのは明白だな。これまでの事件を振り返ってみても――ワンペアで『イチハシテツヤ』、スリーカードで『ミツヒラコウスケ』、ストレートフラッシュで『マカベヒカル』……名前と役が一致している」
今までの被害者がポーカーの役の見立てだとしても、一つだけ分からないことがある。それは、綾瀬刑事がすぐにツッコミを入れてくれた。
「でも、大槻美優だけは違うじゃないの」
僕は、綾瀬刑事の否定に対して――ある考えを述べた。
「確かに、そうだな。――ロイヤルストレートフラッシュだけに、見立てが浮かばなかったのだろうか?」
僕がそう言うと、仁美が何か言いたそうな表情を浮かべていた。
仕方がないので、僕は仁美に話の優先権を譲った。
「えっと、これは私の考えなんだけど――大槻美優を殺害した犯人は、一連の事件とまた別の犯人なんじゃないかって思って……」
綾瀬刑事は、仁美の意見に対して納得してくれた。
「なるほど。――それなら、若田洋平が大槻美優を殺害した理由も納得が行くわね。今のところ、若田洋平は『虚偽申告』ということで釈放されているけど、もしかしたら再逮捕なんてこともあり得るかもね。とりあえず、私――大阪府警にできることはやっておくから、そっちは引き続き『霞城悦子殺し』について追ったほうがいいかもね」
「そうだな。――オレに任せろ」
そう言いつつ、善太郎はスマホの終話ボタンを押した。
僕は、善太郎に言いたいことを言う。
「善太郎、これで良かったのか?」
当然だけど、彼は納得していない。
「いや、正直言って納得してない。証拠があまりにも不十分だからな。――でも、オレにできることはやるつもりだぜ? エラリーと仁美も協力してくれよな?」
僕の答えは、分かっていた
「分かっている。僕は、先輩として――善太郎に協力したいと思っている」
仁美も、善太郎の話に続いた。
「分かってるわよ。明智先輩がそう言うなら、私も協力してあげるわ」
僕たちの意見が一致した所で、明智警部が駆けつけてきた。――何かあったのか?
「お取り込み中のところ申し訳ない。――霞城悦子の事件について、続報がある」
「続報、一体なんだ?」
僕がそう言うと、明智警部は――申し訳無さそうな顔をしていた。
「科学捜査班がジョーカーの手札を調べた所、微量のDNA反応が見つかった。なんというか、『JOKER』の『K』の部分に、ごく微量の血液が付着していたんだ」
「それで、詳細は分かるのか?」
「残念だが、今のところは何も分からない。もう少し掘り下げたほうが良さそうだ」
確かに、京都府警には「科捜研の女」というヒロインがいるはずだが――それはフィクションの話であって、実際にそこまで科学捜査に長けている訳ではない。だからこそ、地道な調査が求められるのか。
そう思いつつ、僕は――話を「大槻美優殺し」の方へと戻した。
「管轄外で申し訳ないが、明智警部は『大槻美優が殺害された事件』についてどう思っているんだ?」
僕がそう言うと、明智警部は――意味深な言葉を返した。
「私の見解だと、あの事件は――例の『ポーカー殺人事件』と独立した事件だと思っている。しかし、何らかの偶然が重なった結果、大槻美優が殺害された事件も『ポーカー殺人事件』の中に組み込まれてしまった。私はそう考えている」
「なるほど。――分かった」
これが事実なら、一連の事件と大槻美優の事件は「何らかの偶然」によって一つの事件として融合したのだろう。となると、矢張り――疑うべきは、若田洋平と王論宗だろうか。仮に、トランプに2人のどちらかの血液が付着していたら、それだけで事件の犯人は一気に絞り込める。しかし、どちらかの血液が付着していなかったら――事件は事実上振り出しに戻ってしまう。
色々と考えつつ、僕は現時点で最善の手を尽くそうとした。
「仁美、善太郎、少しいいか?」
「江成くん、どうしたのよ?」
「エラリー、どうしたんだ?」
唐突に呼びかけたから、2人は困惑している。困惑をよそに、僕は――あることを言った。
「とりあえず、若田洋平と王論宗に話を聞きたい。それで何かが分かるかもしれない」
当然だけど、2人は唖然としていた。
「正気か?」
「正気なの?」
「ああ、僕は至って正気だ。ただ――このままだと、僕は狂気に取り込まれる。そのためにも、2人の力が必要だ。協力してくれるか?」
2人の答えは――分かっていた。
「当然よ。何のためのミス研だと思ってんのよ?」
「オレだって探偵だ。――事件を解決してこそ、探偵じゃないのか?」
「2人共、分かっていたんだな。――さて、十数年ぶりのミステリ研究会、再始動といくか!」
僕がそう言うと、2人は――僕に同調した。
「おう! エラリー、そのセリフを待ってたんだぜ?」
「そうね。――江成くん、リーダーとしてよろしく頼むわよ?」
そういう訳で、僕は――残る事件のピースを順々に填めていくことになった。しかし、現状だとピースの形が複雑でどうしようもない。さて、どうすればいいのだろうか?
とりあえず僕にできることといえば――今までの事件を整理していくこと。そして、若田洋平と王論宗という2人を重点的に洗い出すことか。それだけでも、多分――この事件は単純に解決できるのだろう。
そういう訳で、僕と仁美は――一旦、善太郎の事務所へと向かうことにした。当然だけど、しばらくはここで寝泊まりすることになるのだろう。悪くない。
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