第22話

 明智警部が言うには、事件の容疑者は5人いるらしい。

「阪急京都線で発生している一連の事件と照らし合わせた結果、容疑者の絞り込みは5人まで行うことが出来た。まず、十河光成そごうみつなり。彼は茨木市駅での事件発生時に監視カメラにバッチリと姿が映っていた。次に、若田洋平わかたようへい。彼は十三の事件で重要参考人として大阪府警から取り調べを受けていた。詳しいことは大阪府警から調書を受け取っている。3人目は貴崎由実きさきゆみ。彼女は烏丸駅の事件の目撃者の1人である。4人目は王論宗。彼は中国系の犯罪組織である『爆龍』の中心メンバーという噂があり、前科も複数所持している。最後に、赤澤択人あかざわたくと。彼は『高槻市駅の事件を目撃した』と大阪府警に話していた。――まあ、こんなところか」

 こうやって5人並べると、全員が怪しく見える。しかし、「全員シロ」という可能性も考えられる。

 僕は、善太郎に対して犯人の様子を聞いてみることにした。

「善太郎、父親の話を聞いてどう思った?」

 悩みつつも、善太郎は僕の質問に答えた。

「うーん、親父の話は多分正しいんだろうな。でも、あまり信用しすぎると却って毒だ」

「それはそうだが……」

 僕がそう言うと、善太郎は話を続けた。

「第一、親父が被疑者として挙げた5人は何らかの形で事件を目撃している。それは確かだ。しかし、本当にこの5人の誰かが殺人を犯したとは考えにくい。まあ、被疑者の中に王論宗が入っているのは気になるが」

「ああ、確かに――明智警部の話が正しければ、王論宗は『爆龍』のメンバーだ。しかし、『爆龍』自体がよく分かっていない。分かることといえば――京阪神エリアで複数の凶悪犯罪に関わっていることぐらいか」

「そうだな。とりあえず、王論宗のことは一旦忘れよう」

 明智警部の話を聞いたのか、仁美も僕と善太郎の話に加わった。

「明智先輩のお父さんの話、私も聞いたわよ? 私が思うに、一番怪しそうなのは若田洋平かしら? だって、十三の事件で重要参考人として取り調べを受けているんでしょ?」

 仁美の話に食いついたのは、善太郎の方だった。

「取り調べを受けているんだったら、恐らく調書は綾瀬刑事が所持しているはずだ。一応、大阪府警にも守秘義務ってモノがあるが、オレが言えば――多分、見させてもらえるはずだぜ?」

「そうね。――連絡してみる?」

 仁美がそう言うと、善太郎は――サコッシュからスマホを取り出した。

「仁美、そう言うと思ったぜ? オレを何だと思ってんだ?」

「探偵よ。だって、この事件を持ち出してきたのは――明智先輩じゃないの?」

「おう、そうだな」

 そう言いつつ、善太郎はスマホで綾瀬刑事を呼び出すことにした。

 *

 善太郎のスマホが、スピーカーホン状態になっている。――僕たちに聞こえるようにするためだろうか?

 そう言っているうちに、綾瀬刑事の声が聞こえた。

「あら、善ちゃん。一体どうしたのよ?」

「綾瀬刑事、例の調書を見せてくれ。――名前は『若田洋平』だ」

「分かったわ。――少し待ってて」

 数分後。綾瀬刑事は若田洋平に関する調書を持ってきてくれた。

「えっと――若田洋平。年齢は32歳。職業は小学校教師らしい。その裏で、『生徒に手を出しているじゃないか』って言われてて、十三の『その手の店』への出入りがあったらしいのよね。当然、その件に関して本人は否定していたけど――どういう訳か、大槻美優が殺害された日に出頭してきたのよね」

 僕は、綾瀬刑事の証言に対して疑問をぶつけた。

「出頭? どういうことだ?」

 僕がそう言うと、綾瀬刑事は――意外な答えを返した。

「なんでも、『大槻美優は僕が殺害した』と言ってたそうよ?」

「大槻美優を殺害したのが、若田洋平?」

「虚偽申告という可能性もあるけど、今のところはそういう風に考えざるを得ないわね。だって、彼が大槻美優を殺害したという証拠なんて――どこにもなかったからね」

「なるほど」

 綾瀬刑事の話を整理すると、若田洋平は何らかの理由があって「自分が大槻美優を殺害した」と言わざるを得なかった。多分、誰かに脅されて言われたのだろう。

 となると、考えられることは――大槻美優殺しの裏で、誰かが手を引いていることか。

 もう一つ気になることといえば、矢張り「京都河原町駅の殺人」だろうか。その点に関しては、多分善太郎が言ったほうが早い。

 というわけで、善太郎は綾瀬刑事に質問をした。

「綾瀬刑事、ついさっき京都河原町駅で殺人事件が起こったことは知ってるか?」

「当然知ってるわよ? 善ちゃんのお父さん――京都府警の明智警部から連絡が入ってきたぐらいだからね」

「それなら話は早い。――5人の被疑者のことも把握しているのか?」

「当然よ。――まあ、若田洋平と王論宗が被疑者の中に入ってるのは予想外だったけど」

 それから、善太郎は「京都河原町駅の殺人」について分かっていることを説明してくれた。

「親父から聞いた話だと、被害者は――霞城悦子かじょうえつこ。51歳の女性だ。遺体の状態に関して言えば、刺殺体の横に――ジョーカーの手札が置いてあった。それが何を意味するのかは、よく分かっていない」

「なるほど。『カジョウエツコ』と『ジョーカー』ねぇ……」

 悩んでいる様子だったので、僕は綾瀬刑事に助け舟を出した。

「確かに、名前だけ見れば『ジョーカー』の見立てであるのは明白だな。これまでの事件を振り返ってみても――ワンペアで『イチハシテツヤ』、スリーカードで『ミツヒラコウスケ』、ストレートフラッシュで『マカベヒカル』……名前と役が一致している」

 今までの被害者がポーカーの役の見立てだとしても、一つだけ分からないことがある。それは、綾瀬刑事がすぐにツッコミを入れてくれた。

「でも、大槻美優だけは違うじゃないの」

 僕は、綾瀬刑事の否定に対して――ある考えを述べた。

「確かに、そうだな。――ロイヤルストレートフラッシュだけに、見立てが浮かばなかったのだろうか?」

 僕がそう言うと、仁美が何か言いたそうな表情を浮かべていた。

 仕方がないので、僕は仁美に話の優先権を譲った。

「えっと、これは私の考えなんだけど――大槻美優を殺害した犯人は、一連の事件とまた別の犯人なんじゃないかって思って……」

 綾瀬刑事は、仁美の意見に対して納得してくれた。

「なるほど。――それなら、若田洋平が大槻美優を殺害した理由も納得が行くわね。今のところ、若田洋平は『虚偽申告』ということで釈放されているけど、もしかしたら再逮捕なんてこともあり得るかもね。とりあえず、私――大阪府警にできることはやっておくから、そっちは引き続き『霞城悦子殺し』について追ったほうがいいかもね」

「そうだな。――オレに任せろ」

 そう言いつつ、善太郎はスマホの終話ボタンを押した。

 僕は、善太郎に言いたいことを言う。

「善太郎、これで良かったのか?」

 当然だけど、彼は納得していない。

「いや、正直言って納得してない。証拠があまりにも不十分だからな。――でも、オレにできることはやるつもりだぜ? エラリーと仁美も協力してくれよな?」

 僕の答えは、分かっていた

「分かっている。僕は、先輩として――善太郎に協力したいと思っている」

 仁美も、善太郎の話に続いた。

「分かってるわよ。明智先輩がそう言うなら、私も協力してあげるわ」

 僕たちの意見が一致した所で、明智警部が駆けつけてきた。――何かあったのか?

「お取り込み中のところ申し訳ない。――霞城悦子の事件について、続報がある」

「続報、一体なんだ?」

 僕がそう言うと、明智警部は――申し訳無さそうな顔をしていた。

「科学捜査班がジョーカーの手札を調べた所、微量のDNA反応が見つかった。なんというか、『JOKER』の『K』の部分に、ごく微量の血液が付着していたんだ」

「それで、詳細は分かるのか?」

「残念だが、今のところは何も分からない。もう少し掘り下げたほうが良さそうだ」

 確かに、京都府警には「科捜研の女」というヒロインがいるはずだが――それはフィクションの話であって、実際にそこまで科学捜査に長けている訳ではない。だからこそ、地道な調査が求められるのか。

 そう思いつつ、僕は――話を「大槻美優殺し」の方へと戻した。

「管轄外で申し訳ないが、明智警部は『大槻美優が殺害された事件』についてどう思っているんだ?」

 僕がそう言うと、明智警部は――意味深な言葉を返した。

「私の見解だと、あの事件は――例の『ポーカー殺人事件』と独立した事件だと思っている。しかし、何らかの偶然が重なった結果、大槻美優が殺害された事件も『ポーカー殺人事件』の中に組み込まれてしまった。私はそう考えている」

「なるほど。――分かった」

 これが事実なら、一連の事件と大槻美優の事件は「何らかの偶然」によって一つの事件として融合したのだろう。となると、矢張り――疑うべきは、若田洋平と王論宗だろうか。仮に、トランプに2人のどちらかの血液が付着していたら、それだけで事件の犯人は一気に絞り込める。しかし、どちらかの血液が付着していなかったら――事件は事実上振り出しに戻ってしまう。

 色々と考えつつ、僕は現時点で最善の手を尽くそうとした。

「仁美、善太郎、少しいいか?」

「江成くん、どうしたのよ?」

「エラリー、どうしたんだ?」

 唐突に呼びかけたから、2人は困惑している。困惑をよそに、僕は――あることを言った。

「とりあえず、若田洋平と王論宗に話を聞きたい。それで何かが分かるかもしれない」

 当然だけど、2人は唖然としていた。

「正気か?」

「正気なの?」

「ああ、僕は至って正気だ。ただ――このままだと、僕は狂気に取り込まれる。そのためにも、2人の力が必要だ。協力してくれるか?」

 2人の答えは――分かっていた。

「当然よ。何のためのミス研だと思ってんのよ?」

「オレだって探偵だ。――事件を解決してこそ、探偵じゃないのか?」

「2人共、分かっていたんだな。――さて、十数年ぶりのミステリ研究会、再始動といくか!」

 僕がそう言うと、2人は――僕に同調した。

「おう! エラリー、そのセリフを待ってたんだぜ?」

「そうね。――江成くん、リーダーとしてよろしく頼むわよ?」

 そういう訳で、僕は――残る事件のピースを順々に填めていくことになった。しかし、現状だとピースの形が複雑でどうしようもない。さて、どうすればいいのだろうか?

 とりあえず僕にできることといえば――今までの事件を整理していくこと。そして、若田洋平と王論宗という2人を重点的に洗い出すことか。それだけでも、多分――この事件は単純に解決できるのだろう。

 そういう訳で、僕と仁美は――一旦、善太郎の事務所へと向かうことにした。当然だけど、しばらくはここで寝泊まりすることになるのだろう。悪くない。

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