第21話
数日後。
その日は仁美と一緒に京都へと来ていた。当然、善太郎と情報共有をするためである。
四条通を抜けて、向かうべき場所――明智エージェンシーへと向かう。
途中で外国人観光客から道を聞かれたが、残念ながら僕は英語が分からない。――仁美が
そして、明智ビルへと向かった。
エレベーターの前で、仁美は最終確認を行った。
「とりあえず、件の事件で分かってることは全て明智先輩に話す。それでいいかしら?」
その答えは、当然分かっていた。
「ああ、そうだ。――一応、僕も綾瀬刑事から聞き出せることは聞いた」
「それじゃあ、事務所に向かうわよ?」
そう言って、仁美はエレベーターの△ボタンを押した。エレベーターの扉が開いたところで、向かうべきフロア――6階のボタンを押した。
当たり前の話だが、エレベーターという場所は――密室空間である。
エレベーターが上昇している間、僕は仁美の手を握った。
仁美は、恥ずかしがりながら声を出した。
「ちょっ、江成くん。急にどうしたのよ」
僕は、仁美の質問に答えた。
「いや、なんとなく仁美の手を握りたいと思って。僕は――大学時代から、仁美のことが好きだった。でも、そのことを口に出すのが恥ずかしかったんだ」
「そうだったのね。――江成くんって、どうして無口なんだろうって思ってたけどさ」
「それで、一連の事件を通してとはいえ仁美と久々に会えて嬉しかった。事件の連鎖は止まらないけど、事件を解決してしまったら――また、仁美と離れ離れになるんじゃないかって思って」
仁美は、僕の懸念に対して――意外な答えを返した。
「そんなことないわよ? 私、こう見えて独身だし――まあ、『アレ』とか考えても良いけどさ」
仁美が言う「アレ」とは、言うまでもなく――結婚のことだろう。いや、そんな簡単に結婚できるとは思えない。
「いや、それは……」
言葉に詰まっているうちに、エレベーターは6階へと辿り着いた。
事務所の中に入ると、善太郎は――寝ていた。多分、一連の事件で疲れが溜まっていたのだろう。
僕は善太郎の背中を叩くが、起きない。もしや――死んでいるのか? そう思ったが、いびきはかいているので、死んでいないようだ。
「明智先輩、起きてください!」
仁美が若干怒りながらそう言った所で、眠りの探偵――善太郎は漸く目を覚ました。
「ふぁーあ、よく寝た。――おう、エラリーに仁美か。今日は土曜日だったな」
「善太郎、起き抜けに申し訳ないが――情報共有だ」
「ああ、分かってるぜ?」
そう言って、僕はこの1週間で得た情報を善太郎に話す。仁美も仁美で情報を持っていたようで、善太郎に共有する。とはいえ、情報量は僕の方が多かったのだけれど。
一通り話し終わった所で、僕は善太郎に対して意見を聞くことにした。
「――というわけだ。善太郎、どう思う?」
僕の情報に対して、彼は――意外とポジティブな答えを返した。
「エラリー、これは――事件解決に向けて進んでいると見て間違いない。あとはどうやって犯人を捕まえるかだが……」
「それに関してだが、僕にいい案がある」
「案? 一体何よ?」
「エラリーの案、オレも気になるぜ?」
2人揃ってそう言うので、僕は具体的な「案」を提示した。
「一連の事件は、阪急京都線の特急停車駅で起こっている。それは知っているな。しかし、始発の大阪梅田駅と終点の京都河原町駅では起きていない。そこで――梅田と四条河原町の2つに警官を配備して、事件を未然に防ぐ。それが僕の案だ」
僕がそういうと、2人は納得した。
「確かに、それならピンポイントで犯人を捕まえられるわね」
「そうだな。オレは、エラリーの案に賛成だ」
2人共僕の案に乗ってくれたので、後は――大阪府警と京都府警の許可を得るだけか。しかし、どうやって許可を取るべきか?
許可を取る方法について色々と考えていると、善太郎が口を挟んだ。
「エラリー、京都府警はオレに任せろ。――親父に頼むんだ」
「親父――明智警部か」
「流石エラリー、飲み込みが早くて助かるぜ?」
「まあ、自分の父親に伝えた方が早いのは僕の目から見ても明白だからな。あとは大阪府警の方だが……」
大阪府警にどうやって許可を取るか? その考えに関しては――仁美がアイデアを提示してくれた。
「江成くんさえ良ければ――『綾瀬刑事に連絡してみる』っていうのはどうかしら?」
「そうか。その手があったな。彼女なら、僕の案に乗ってくれるはずだ」
「じゃあ、それで行きましょ?」
「そうだな。じゃあ、オレは親父に連絡するから、エラリーは綾瀬刑事に連絡してくれ」
「分かっている」
*
作戦が固まったところで、僕は芦屋へ、仁美は神戸へと帰ることになった。どういう訳か、善太郎も京都河原町駅まで来てくれた。
「善太郎、どういう風の吹き回しだ?」
「それ、私も気になるわ? 教えてよ」
僕と仁美がそう言うと、善太郎は――少しキザな答えを返した。
「ああ、なんというか――お前たちを守るためだ。事件の解決が最終フェーズに入っている以上、お前たちの命も狙われている可能性がある。だから、オレは――こうやって京都河原町駅まで付いてきたんだ」
善太郎は、赤髪にサングラスといういつもの格好でそう言った。――胡散臭い。
胡散臭いと思いつつも、僕は高島屋側から京都河原町駅へと降りていく。
しかし、こういう時に限って嫌な予感は的中してしまう。
「き、きゃああああああああああああっ!」
女性の悲鳴が聞こえたので、僕たちは悲鳴の方向へと向かった。
京都河原町駅という地下空洞は、烏丸駅程ではないにせよ――ダンジョンのような構造になっている。しかし、群衆が悲鳴の方向へと向かっていくのですぐに分かった。
人だかりが出来ている場所をかき分けて、僕は――人だかりの中心へと向かう。
中心には、ドーナツのように円が出来ていた。つまり――「人間だったモノ」が倒れ込んでいたのだ。
仁美は、その様子を見て口を覆った。
「な、何よ……これ」
ドン引きする仁美に対して、僕は――見たまんまの光景を話した。
「ああ、死体だ。それも、ただの死体じゃない。胸部に――『ジョーカー』のトランプが置いてある」
「ジョーカー? それって。つまり――」
善太郎が言いかけていたことを、僕は話す。
「察しの通りだ。ジョーカー。即ち――53番目の切り札。要するに、この事件は――まだ終わってなかったんだ」
「ああ、それ――オレが言おうと思ってたんだけどな」
「すまない。小説家としての血が騒いでしまった」
「まあいい。オレは親父に連絡するから、エラリーと仁美は電車に乗らずにしばらく待っていてくれ」
「ああ、分かった」
「分かったわ」
ジョーカーのカードが示すこと。それは、「事件の終わり」を示しているのか? それとも――「事件はまだ終わっていない」ことを意味するのか?
遺体に対して色々と不可解な点を抱えつつも、僕たちは京都府警が来るのを待っていた。
そして、京都府警――明智警部が駆けつけるなり、開口一番こう言った。
「善太郎、事件の犯人は――この野次馬の中にいる!」
野次馬の中に、犯人がいる? ミステリ小説だとお決まりのパターンだが、あまりにも出来すぎていて却って「そんな訳はないだろう」と思ってしまう。
でも、警部がそう言うのなら――多分正しいのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます