第11話

 そうこうしているうちに、電車は烏丸駅へと着いた。――下車しなければ。

 僕は、仁美の手を引っ張って電車から降りていく。

「それで、どこに行こうかしら?」

「いや、全然決めていない。とりあえず大丸京都みせの方まで出るか」

「そうね。四条通に出て――そこから、考え直しましょ」

 割とシンプルな京都河原町駅と違って、烏丸駅は――なんというか、入り組んでいる。よく、複雑な駅の構内を「ダンジョン」と揶揄やゆすることがあるが、烏丸駅は差し詰め「京都ダンジョン」と言ったところか。確か、大丸京都店は――こっちか。

 僕は適当な出口――20番出口の階段を上がった。

「あれ? 違うな」

「どうしたの?」

「――すまない。東洞院通とうどういんどおりに出てしまった」

「そんなことだと思った。――引き返しましょ」

 仁美に連れられて、僕は再び烏丸駅の構内へと戻った。

 そして、看板を確認する。――正解は「16番出口」だったらしい。

 看板で正しい出口を確認したところで、僕と仁美は漸く大丸京都店の方へと脱出した。

 *

 大丸京都店から四条通に出る。特に目的はない。ただ――観光客とバス、そしてタクシーで辺りはごった返している。

「多いわね……」

「当然だろう。四条通は京都の大動脈だからな」

 京都の街――洛中というのは、四条通を真ん中として東西に碁盤ごばんの目状に建物が配置されている。これは平安時代からのなごりであり、最近話題の大河ドラマのお陰か聖地巡礼に訪れる観光客の数はそれなりに多い。――当然だが、僕と仁美はそういう事情で京都に来た訳ではない。

 烏丸から河原町までは歩いてもそんなに距離がある訳ではない。――善太郎の探偵事務所って、確かこの辺だったな。

 そう思って、僕は明智ビルの駐車場まで向かった。しかし、善太郎の日産GTRは停められていない。――本当に、ふさぎ込んでいるのか。

「そんなところで、どうしたの?」

「いや、なんでもない。――ただ、善太郎が気になっただけだ」

「明智先輩? そういえば、最近連絡取ってないわね。何かあったのかしら?」

「僕にも分からない。ただ――茨木市駅で発生した事件を契機として、少しメンタルをやられてしまったようだ」

「茨木市駅の事件? ああ、人身事故に偽装した殺人事件ね。――っていうか、なんで江成くんが関わってるの?」

「その電車にたまたま乗っていた」

「なるほどねぇ。――それ、詳しく教えてくれない?」

「分かった」

 そう言って、僕は近くのカフェへと入った。――正直、こういう場所は「観光客価格」なので、あまり入りたくなかったのだけれど。

 カフェへと入ったところで、僕は話の続きをする。

「それで、僕はたまたまその事件に居合わせたというか――茨木市駅で『運転見合わせ』の状態になってしまった。駅の外に善太郎の車が停まっていたので、僕は改札口を抜けて事件現場へと向かったんだ。そこで綾瀬瑞希という刑事に出会って、色々と事件を推理していた。しかし、突然――綾瀬刑事が『これ以上事件に関わらないでほしい』って言ってきたんだ」

「そうだったのね。――まあ、大阪府警に任せておけばいいんじゃないの?」

「僕もそう思っているが――事件は大阪府内だけで起こっているわけじゃない」

「確かに、長岡天神で起きているのが気になるわね。――長岡天神って、京都府よね?」

「そうだ。それで、善太郎の父親も同じ事件を追っているとの噂だ」

「父親?」

「善太郎の話によると、彼の父親は明智恭崇という京都府警の警部らしい。――多分、父親から何らかの理由で『捜査に関わるな』と口出しされたのだろう」

「まあ、その可能性は考えられるわね。――それで、これからどうすんの?」

「うーん、困ったな。善太郎は事務所にいないし、どうしようもない」

 万策尽きたところで、仁美はある「提案」を持ちかけてきた。

「――私にいい案があるんだけど?」

「案? 詳しく教えてくれ」

「とりあえず、烏丸まで戻ってみるのよ。多分、そこで事件解決のヒントがあるはずだから」

「そうだな。――もしかして、僕が出口を間違えた方まで戻るのか?」

「そうよ。なんか、嫌な予感がするのよ」

「それってもしかして――」

 そういう訳で、僕は大丸京都店から烏丸駅の方に戻り、20番出口から再び階段を上がることにした。――オフィス街が広がっている。

 土曜日のオフィス街を2人で抜けていく光景は、我ながらシュールでしかない。

 やがて、東洞院通から御射山みさやま公園が見えてきた。――規制線?

「規制線が張られているな。何があったんだろうか?」

「そうね。よく見ると、パトカーも停まっているわ」

 不穏な気配を感じつつ、僕はビニールシートの方へと向かう。その時、恰幅の良い男性が声をかけてきた。

「君は、善太郎の友達だったな」

「――誰だ?」

「ああ、私は京都府警捜査一課の警部、明智恭崇だ。明智善太郎の父親といえば分かるだろう」

 そうか、彼が明智恭崇なのか。――もっと怖い人だと思っていたから、僕は拍子抜けした。

 警部は話を続けた。

「私のドラ息子が迷惑をかけてすまない。――まあ、彼は彼なりに事件を解決しようと努力しているのだろう。それは認める。ただ、やり口があまりにも雑だ。私が探偵なら、もうちょっとスマートに解決するはずだ」

「そうなのか。――それで、この遺体は?」

「ああ、件の連続殺人事件の新たな遺体だよ」

「――そうか」

 確かに、遺体にはトランプが置かれていた。――並びは、ストレートフラッシュだった。

 明智警部は、トランプの並びを見て顎に手を当てる。

「この並び、どこかで見たことあるのだが……どこだったか」

 僕は、警部の疑問に対して即答した。

「――ポーカーのストレートフラッシュだ。並びはハートで統一されている」

「そうだ、それだ! でかしたぞ!」

 確かに、遺体の横に置かれていたトランプは――「♡3♡4♡5♡6♡7」となっていた。きれいなストレートフラッシュだ。

「胸部を刺された遺体、遺体の横に置かれたトランプ――これは、さらなる事件の予感だ。もし、よろしければ、捜査に協力してもらえないか?」

 警部はそう言ったが、僕は――断った。

「明智警部、気持ちは分かるが――僕はそんなつもりで事件を推理している訳じゃない」

「そうか……しかし、機会があれば君の知恵を借りたい」

「ああ、勝手にしろ」

 そう言って、僕と仁美は事件現場から踵を返した。

 踵を返した先には――善太郎がいた。

「あれ? 善太郎? どうしたんだ?」

 善太郎は、僕の疑問に――あっさりと答えた。

「オレにもオレの事情があるんだ。――エラリー、すまなかった。オレは、もう一回、この事件を推理したいと思う」

「そうか。――そのセリフを待っていたんだ」

 僕がそう言うと――何をトチ狂ったのか、仁美は善太郎のほほはたいた。

「もう、明智先輩――心配したじゃないのっ!」

 ――パチン!

「イテッ! もうちょっと手加減してくれよ!」

「次は鳩尾みぞおちを殴ろうかしら?」

「そ、それは断るぜ……」

 そういう訳で、僕と仁美、そして善太郎のギスギスした関係は――新たな殺人事件を契機としてアッサリと修復した。

 この先どうなるかは知らないが――少しずつ、一連の殺人事件の糸口は見えてきたのかもしれない。ただ、気になることがあるとすれば、矢張り遺体の横に置かれているトランプの役が徐々に強くなっていることか。

 なんとしても、ロイヤルストレートフラッシュだけは阻止したいが――果たして、阻止できるのだろうか? それは神のみぞ知るのかもしれない。

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