第10話
それから、僕はミステリ研究会で仁美と行動を共にするようになった。当然だが、先輩である善太郎はミステリ研究会の何代目かの会長だったらしい。
ある時、どういう訳か――善太郎は僕を呼び出した。何がしたいんだろうか?
「おう、エラリー」
「善太郎、どうしたんだ?」
「実は、お前に伝えたいことがある。――オレは、就活を諦めて探偵業を営もうと思っている」
「た、探偵業? 冗談だろ?」
「冗談じゃねぇ。ホントだ。オレは一流企業――例えば、松島電器とか、
「それはそうだが……今更自営業で上手くいくわけがないだろう。もう少し考え直せ」
「エラリー、お前の言い分も分かるが……現状を考えてみろ。東日本大震災とそれに伴う不景気、そして何よりも――政権が不安定だ。いつ国が破綻するか分からない」
「流石に、この国の財政が破綻することはないだろう。――僕を信じてくれ」
確かに、東日本大震災以前から日本国が不景気になるという前兆はあった。東日本大震災の数年前に発生したリーマン・ショックから端を発する世界恐慌で、僕の父親はリストラで首を切られてしまった。――そして、自らの手で命を絶った。
父親が命を絶ってからは、女手一つで僕を大学まで進学させてくれた。その点に関しては母親に感謝している。――もっとも、京都大学を目指していた僕からしてみれば、立志館大学は少し格落ち感が否めなかったのだけれど。
*
結局、善太郎が立志館大学を卒業してからは――僕がミステリ研究会の会長になった。確か、ミステリ研究会のメンバーは15人ぐらいいただろうか。
会長としてミステリ研究会をまとめ上げるという仕事は大変だった。ミステリ研究会といえども、矢張り実態は「飲み会」と言う名の懇親会である。コミュ障である僕からしてみれば、そういう「飲み会」が苦痛でしかなかったのだ。でも、やるべきことはやらなければならない。だからこそ、僕は15人の研究員をまとめつつミステリ研究会の会長としての任務を果たした。
――多分、自分が「ミステリ作家になりたい」と思ったのは、この時の経験があったからなのだろう。
まあ、卒業後のことは言うまでもない。一旦はシステムエンジニアとして就職したが、上司からのパワハラで退職。その結果――兼業作家になっただけの話である。
*
――夢か。多分、善太郎や仁美のことを考えていたからそういう夢を見ていたのだろう。
スマホを見ると、時刻は午後8時と表示されていた。何か食べなければ。
わざわざコンビニに行くのも面倒くさかったので、ここはウーマーイーツのお世話になった。正直、手数料とかを考えるとウーマーイーツは勿体ないのだけれど。
ウーマーイーツの兄ちゃんがピザを届けてくれたのは、注文してから15分後だった。気さくな兄ちゃんが「まいど」と言ってリュックサックのような箱からピザを取り出してきた。――色々言われているけど、フードデリバリーの仕事も立派な仕事なのだろう。
照り焼きピザを食べつつ、僕は改めて事件の整理をする。
最初の2件は、多分――フェイクなのだろう。となると、一橋徹也と三平康介の事件を重点的に推理すべきか。一橋徹也が「ワンペア」、三平康介が「スリーカード」。次に殺人が起こるとすれば――恐らくフラッシュかストレートだろうか。
なんとなく、僕は持っていたトランプを箱から出す。――遺体の状況を整理したかったのだ。猫のイラストが描かれた絵柄こそ平成初期の香りがするが、これでも立派なトリックの道具である。
まず、一橋徹也のワンペアは――「♤2♡2♧8♢Q♤7」か。
次に、三平康介のスリーカードは――「♢8♤8♧8♢A♤J」だな。
どちらも「クラブの8」が入っているのが気になるが、これは偶発的なものだろう。多分、一連の事件の犯人は――ポーカーのルールをよく分かっていない?
ついでに、2件のフェイク――というか、役が成立していないカードも見ていこう。
御城丈瑠は――「♡2♤7♤9♧K♧8」ここでもクラブの8が入っているな。
澤田斗和子は――「♧3♡5♧9♤A♢Q」か。あれ? クラブの8じゃなくて9か。うーん、特に偶然が重なっている訳ではなさそうだ。
ここから、クラブの8と9だけを使った役をなんとなく考えてみる。――ストレートフラッシュなら、なんとかなりそうだ。
――♧5♧6♧7♧8♧9
――♧6♧7♧8♧9♧10
――♧7♧8♧9♧10♧J
――♧8♧9♧10♧J♧Q
可能性があるとすれば、この4つか。――犯人がそこまで考えているということはないと思うが、矢張り気になって仕方ない。
一応、善太郎や仁美にもこのカードの並びを送っておくべきか。
僕は、善太郎と仁美がメンバーとなっているグループチャットを作成した上で――件のカードの並びを送信した。
案の定、返信はすぐに来た。真っ先に返信してきたのは仁美だった。
――江成くん、連絡取れなくてゴメン。
――別に、江成くんと距離を置きたかった訳じゃなかったんだけどね。
――それはさておき、このカードの並びって「ストレートフラッシュ」よね。流石にロイヤルストレートフラッシュじゃないけど、もしかしたら、これは次の事件の予測になりそうね。
――そうだ、烏丸まで来ない? 明智先輩と顔を合わせたいし。
これは、本当のことを伝えるべきだろうか? いや、ここは敢えて伏せておくべきか。色々と悩んだ末に、仁美には敢えて本当のことを伏せることにした。
そして、メッセージを送信した。
――ああ、たまには烏丸まで行くか。今度の土曜日、西宮北口駅で待っていてくれ。
これでいいか。それにしても、仁美と会うのは久々だな。別に、デートをするわけじゃないが――烏丸なら立派なデートか。あの周辺はカップルが多い。
未だにメッセージに対する既読が付かない善太郎のことを気にしつつ、僕は目の前にある「仁美とのデート」、そして「クラブを使ったストレートフラッシュ」のことを考えていた。まあ、事件が起こってからじゃ遅いのだけれど。
*
数日後――土曜日。僕は西宮北口駅のプラットホームで仁美を待っていた。曰く「午前11時ぐらいの特急で向かうつもり」と言っていたので、プラットホームで特急が来るのを待っていた。
結果的に、僕の判断は間違っていなかったらしい。――僕が普通から降りたタイミングで特急が停車すると同時に、窓の向こうで仁美が手を振っていた。
僕は、その特急に乗り込む。そして、仁美の隣の座席に座った。
「江成くん、丁度だったわね」
「ああ、そうだな。――多分、何か『吸い寄せるモノ』があったのだろう」
「吸い寄せるモノ? それって、プロポーズかしら?」
「い、いや……そんなつもりはないんだが」
恥ずかしがりつつ、僕は十三駅で京都線に乗り換えた。阪急は、意外と乗り換え時間がシビアである。
ラッキーなことに、特急には空席があったので――僕と仁美はその空席に座った。
「まあ、これで大丈夫ね」
「どうだろうか?」
ここから1時間弱という時間、僕は仁美と行動を共にするのか。なんだか、照れるな。そう思いつつ、僕は京都線の車窓を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます