Phase 03 それぞれの過去
第9話
茨木市駅の事件から1週間が経った。――相変わらず、事件の進展は
善太郎や仁美とも連絡が取れない状態で、僕はひたすらダイナブックで原稿を書くしかなかった。当然だが、スランプ状態で何も浮かばない。
あまりにもアイデアが浮かばないので、いっそのこと――部屋の掃除をすることにした。まあ、それで気晴らしになるかと思えば、そうでもないのが実情なのだけれど。
*
とりあえず、デスク周りと本棚の整頓をした。――小説を書く際に使った資料が大量に溜まっている。古本屋に売ってもいいが、どうせ二束三文だろう。ならば、そのまま置いておくべきか。
掃除が一段落ついたところで、チャイムが鳴った。――仁美じゃなければ、善太郎でもない。一体、誰なんだ?
僕は、ドアを開けて来訪者の確認をした。
ドアの向こうには、眼鏡をかけた好青年が立っていた。――お面のような
「あっ、202号室の
そう言って、隣人はにわか煎餅を手渡してきた。
そもそもの話、坂崎誠という人物は――僕と同時期にアパートへと引っ越してきた住人である。故に、付き合いも多い。神戸まで飲みに出ることもしばしばある。確か、職業はシステムエンジニアだっただろうか。
当然だが、僕が小説家であることも知っているようで、時折原稿に対する「ファン目線」のアドバイスを送ってくれることもある。そして、何よりも――彼は噂好きである。彼の噂は、創作上でのヒントとして利用することがある。
――そうか、彼からヒントをもらうのもアリだろうか。そう思った僕は、坂崎誠を部屋へと案内した。
「少し部屋の掃除をしたところだ。――散らかっていはいるが、おもてなしをするには悪くないだろう」
「これが江成先生の部屋なんですね。――うわぁ、本がいっぱいです」
「まあ、資料として役に立っているかどうかといえば――微妙だが」
そして、にわか煎餅を頂くついでに、彼に対して件の事件の見解を聞くことにした。
「それで、誠さんに質問がある」
「質問? 一体なんでしょうか?」
「そうだな。――最近、京阪エリアで相次いでいる殺人事件についてどう思っているんだ?」
僕が疑問をぶつけると、彼は意外な答えを返した。
「ああ、あの事件ですね。確か、遺体の横にトランプが置いてあって、それがポーカーの役になっているとかなんとか……。僕は、あの事件について――『ロイヤルストレートフラッシュが出るまで殺害を続ける』って思っているんですよね。当然ですけど、犯人は日本人じゃない。というか、犯行の手口が日本人らしくないじゃないですか」
――日本人らしくない。なるほど。
僕は、彼の意見について賛同した。そして、件の中国人について詳しく説明することにした。
「そうか。――そういえば、僕が目撃した事件の中で、中国人が関わっているとされている刃傷沙汰があった。その刃傷沙汰は南京町で発生して、犯人は現在も逃亡中だ。兵庫県警でも身元を調べているらしいが、どうも脈なしだ」
「そうなんですね。――ああ、それって、最近関西を騒がせている中国人犯罪グループである『爆龍』が関わっているんじゃないんでしょうか?」
「僕もその線を疑ったが、証拠が足りない。どうしたものか」
頭を抱える僕に、坂崎誠はある「指摘」をしてくれた。
「ここ数日発生している『爆龍』に関する事件を――短編小説として書き出してみたらどうですか?」
――ああ、その手があったか。どうしてそのことに気づかなかったのだろうか。
「なるほど。――早速、小説として書き出してみるか」
「その調子ですよ、江成先生。――新作、楽しみに待っていますから」
そう言って、坂崎誠は帰っていった。
独りになったところで、僕はダイナブックを立ち上げる。――やるべきことは、もちろん分かっていた。
*
「爆龍」による犯罪を短編小説として書き出す行為は楽だった。――実在の事件をモチーフにしているから当然だろうか。そして、探偵役である浅賀善太郎が「爆龍」を懲らしめるところまでアイデアを捻り出した。――これって、江戸川乱歩における「明智小五郎対怪人二十面相」と同じ構図じゃないか。怪人二十面相は所謂「怪盗」と呼ばれる悪役であり、現代でも怪盗との対決は探偵小説における花形とされている。ただ、僕が浅賀善太郎のライバル役として書いているのは――怪盗じゃなくて犯罪組織だ。
結局、『浅賀善太郎対爆龍』のプロット――というか、短編小説は5作程出来上がった。実際に書籍として出す訳じゃないので、このままSSDスティックに入れてアーカイブ化しておくしかない。――とはいえ、仁美や善太郎が読んだらどういうリアクションを示すかは気になる。
5作の短編小説は、それぞれ――京都で発生した高級時計店襲撃事件、神戸で発生した刃傷沙汰、難波で発生した違法薬物密売事件、梅田で発生したトレーディングカード偽造事件、そして――茨木市駅で発生した刺殺事件の5つで構成されている。
一応、阪急京都線で発生している件の連続殺人事件の犯人は「爆龍」のメンバーであると疑っているが――なんとなく、仁美や善太郎に対して疑念の目を向けていた。
あまり考えたくないが、もしかしたら、仁美と善太郎は――僕の小説のアイデアをパクった上で殺人を犯しているかもしれない。仮に、2人が共犯者なら――急に連絡が途絶えた理由も納得がいく。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った。――誰だ? そう思った僕は、スマホのロックを解除したが――矢張り、スパムだった。
このまま、仁美や善太郎と連絡が取れなくなるのか。――それは嫌だ。
イライラしていた僕は、持っていたスマホをベッドに投げつけた。――スマホは、ベッドの上で跳ね返って、そのまま枕にフィットした。
ベランダでアメリカンスピリットを吸う。――少し、気分が落ち着いた。アメリカンスピリットの紫煙が、夕闇に消えていく。この時期の夕闇というのは、なんというか――優しい色をしている。
――優しいオレンジ色を見ると、なんとなく仁美と出会った時のことを思い出す。
*
彼女と出会ったのは、僕が立志館大学に入学してすぐだっただろうか。その頃の僕はというと、高校からの環境の変化に戸惑っていた。――正直、大学でも孤立していたのだ。
何かサークルに入らないといけない。そう思った僕は、咄嗟の判断でオファーをもらった「立志館大学ミステリ研究会」へと入会することにした。両親から「江成球院」と名付けられた以上、矢張りこの手のサークルに入らないとマズいような気がしたのだ。
幸いにも、僕は
ある時、僕はショートボブの女性と話をする機会を得た。――そういえば、彼女と話す機会って今までなかったな。別に恋愛感情とかは持っていなかったので、とりあえず声をかけた。
「えっと……君は、誰だ?」
ショートボブの女性は、快活そうに僕の質問に答えた。
「私? 私は、小林仁美よ。立志館大学1回生。――あなたも、1回生?」
「そうだ。1回生だ。名前は江成球院という」
「えなり……きゅういん……? 面白い名前ね。――両親がミステリ好きだったのかしら?」
「その通りだ。たまたま『江成』っていう名字だったから、両親が面白がって『球院』って付けたんだ」
「アハハ、面白いわね。――周りから、『なんで野球の道に進まなかったんだ?』とか言われたことってないの?」
「それは散々言われた。名前に『球』って入っているから当然だろう」
「そうね。まあ、私は――どうなるんだろうなぁ」
「それは、神様の気まぐれかもしれない」
「それはそうかもね……」
僕たちが立志館大学に入学した頃は――東日本大震災と、それに連鎖した不景気で就職先が全くない状態だった。一応、僕としてはシステムエンジニアを希望していたが――矢張り、先輩に当たる当時の3回生や4回生は就活で苦労していたらしい。
――そういえば、善太郎は僕が立志館大学に入学した時点で4回生だったか。だから、最初から就活という道を諦めて探偵業をやろうと思っていたのか。まあ、他人のプライバシーをあれこれ詮索するのはあまり良くないのだけれど。
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