第8話
「いい? 善ちゃん、そして江成くん」
綾瀬刑事は、僕と善太郎に対してそう言った。それから、話を続けた。
「善ちゃんがこの一連の事件を解決しようと奔走しているのは知っている。でも、これは連続殺人事件なの。江成くんもそうよ? ここから先は、私たち大阪府警の仕事であって、あなたたちのような一般人が関わる案件じゃないのよ。だから、これ以上この事件に首を突っ込むのはやめたほうが良いと思う」
善太郎は、綾瀬刑事の言葉に反論した。
「そんなこと言われても、オレは探偵だぜ?」
「――探偵でも、ダメなものはダメ。どうせ、上辺だけなんでしょ?」
「いや、オレは京都の『キツネ男』を捕まえた探偵だ。信じてくれ」
善太郎の反論も虚しく、綾瀬刑事はトドメの一撃を刺した。
「ああ、四条通を騒がせた『キツネ男』ね。でも、それは偶発的に捕まえたモノなんじゃないの?」
そのトドメの一撃は、善太郎の口を黙らせてしまった。
「くっ……」
そして、綾瀬刑事は僕と善太郎に対して「事件に関わるな」と釘を刺してしまった。――多分、綾瀬刑事としては正論を言ったつもりなんだろうけど、僕と善太郎からしてみれば屈辱的でしかなかった。
結局、善太郎はトボトボと日産GTRに乗り込み、帰っていった。僕も、阪急の運転再開を確認した上で茨木市駅から再び電車に乗り込んだ。準急だったので停車駅は多いが、特急が動いていないのなら仕方がない。
それから、十三駅に着いたのは午後9時前だっただろうか。――疲れた。
十三から西宮北口までは特急に乗って、それから普通に乗り換えて漸く芦屋川へと辿り着いた。この時点で時刻は午後9時30分。近くのコンビニで何か買おうにも、弁当の棚が空だった。
適当なカップラーメンとおにぎりを買い物かごに入れて、セルフレジで会計をした。QR決済の残高は――十分足りている。
アパートに戻った上で、僕はカップラーメンのお湯を沸かしたが――その時点で意識を失ってしまった。多分、色々あったからドッと疲れが出てしまったのだろう。その証拠に、ダイナブックとスマホの充電を
――意識を覚醒させた時には、スマホの充電が切れていた。
僕は急いでダイナブックとスマホを充電コードに繋げる。ダイナブックはともかく、スマホは充電しないとまともに使えない。
案の定、スマホには大量のメッセージが入っていた。その大半はスパムと広告だったが、仁美からのメッセージが入っていることに気付いた。――誤って削除するところだった。
――江成くん、あれからどう? なにか手掛かりは掴めた?
――ああ、茨木市駅で発生した事件のことはニュースで知った。多分江成くんと明智先輩も首を突っ込んでいるんじゃないかって思ってた。
――どうせ、突っ込んでるんでしょ?
――さっき、明智先輩からメッセージが送られてきたけど、トランプの並びが「きれいなスリーカード」だわね。
――なんとしても「ロイヤルストレートフラッシュ」は阻止したいけど、どうなんだろうね?
――私? うーん、しばらく事件の推理は難しいわね。私にも私なりの事情ってモノがあるのよ。
――でも、力にはなろうと思ってる。とりあえず、幸運は祈ってるわよ?
仁美の事情はともかく、善太郎が大阪府警から出禁を食らってしまったことは内密にすべきだろうか? 僕は頭を抱えていた。
頭を抱えても仕方がないので、僕は茨木市駅で発生した件の事件をまとめることにした。一応、綾瀬刑事からの情報によると――こんな具合らしい。
・被害者
・年齢 29歳
・職業 中学校教師
・遺体の状況 胸部をナイフで刺した上で「♢8♤8♧8♢A♤J」という並びのトランプが置かれていた
ワンペアだから「一橋」、スリーカードだから「三平」――安直だな。まるで僕の下手な小説をトレースしているようだ。となると、ストレートやフラッシュの見立ても安直なモノになってしまうのだろうか? いや、それはないか。
とにかく、この事件は大阪府警に任せるとして――僕は何をすればいいんだ。矢っ張り、善太郎と連絡を取るべきか。そう思った僕は、善太郎のスマホにメッセージを送信した。
――善太郎、あれからどうだ? 少しは元気出たか?
――まあ、そんなに落ち込む必要はないと思う。
――僕はとりあえず新作小説の原稿に専念したいと思うが、善太郎はどう思っているんだ?
――返事をくれたら、今後の参考にしたいと思う。
これでいいか。――本当に連絡、来るんだろうか? 僕は若干疑心暗鬼になっていた。というか、このままだと――仁美や善太郎と絶交してしまう可能性も考えられる。
今の僕にできることといえば――矢張り、ダイナブックで小説の原稿を書くことか。そう思って、ワープロソフトを起動させた。
空白の原稿を見つめたところで、勝手に文字が浮かび上がるはずなんてない。――結局のところ、キーボードで入力しないとどうにもならないのだ。
そういう訳で、僕はヤケクソ気味に原稿を書いていった。――こういう時、碌な仕上がりにならないのは分かっていたのだけれど。
*
原稿を書き始めてから1時間が経過した。――善太郎からの返事は来ない。それどころか、既読すら付かない。矢張り、彼は
仕方がないので、ポットでお湯を沸かしてコーヒーを淹れることにした。普段はインスタントコーヒーを飲むことが多いが、その日はドリップコーヒーの気分だった。
カップに黒い液体が落ちていく。満ちていく。――落ちていく。――満ちていく?
そこで、僕は「何か」を閃いた。ポタポタと満ちていくコーヒーカップを見ながら、ある可能性を考えたのだ。
――犯人は、もしかして僕のことを知っている?
だとすれば、矢張り――春節祭で発生したあの刃傷沙汰が関係しているのか。しかし、犯人は取り逃がしている。
なんとなく、僕はスマホで「神戸 中国人 犯罪」と入力する。――当然だが、件の春節祭の事件が大量に引っ掛かる。その中で、僕は気になる記事を見つけた。
【四条河原町で窃盗事件 中国系の犯罪組織による犯行か 令和5年12月29日 京都新報】
昨晩、京都府京都市四条通にある高級時計店で総額1000万円相当の腕時計が盗難されるという事件が発生した。
時計店の監視カメラの映像には、覆面姿の男性が金属バットでショーケースを破壊している様子が映っていた。覆面姿の男性は、全国で指名手配されている中国系の犯罪組織「
盗難事件を受けて、京都府警では「爆龍」に関する情報提供を求めている。
――これか。仮に神戸で発生した刃傷沙汰が「爆龍」による犯行だとしたら、放っておけるはずがない。
もしかして、茨木市駅の事件で綾瀬刑事が「これ以上関わるな」と言った理由は――善太郎を危険に巻き込みたくなかったからなのか。
それはそうと、未だに善太郎からの既読は付かない。――矢っ張り、不貞腐れているのか。
なんとなく「爆龍」のことを考えつつ、僕は原稿を書いていた。しかし、こういう状況で原稿が進むはずがない。
気晴らしに、ベランダでアメリカンスピリットを吸う。――こう見えて、僕はヘビースモーカ―だ。じゃないとこんな仕事はやっていられない。
吸い殻を空き缶に入れて、仕事場――もとい、部屋に戻ろうとした。その時、スマホがブルっと震えた。善太郎からメッセージに対する返事が来たかと思ったが――普通にスパムメッセージだった。
ガッカリしつつ、僕はスパムメッセージを削除した。そして、僕は再びダイナブックの前で考え事をしていた。
――どうせ、考え事をしても大したアイデアは浮かばないのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます