第6話

 阪急の芦屋川駅から西宮北口駅で梅田行きの特急に乗り換え、そして十三じゅうそう駅で京都河原町行きの特急へと再び乗り換える。正直言って、件の女性アーティストのアルバム1枚だけでは旅のBGMとして足りなかった。――一応、売れる前から売れた後、そして現在に至るまでのアルバムは全てスマホの中に入れているのだけれど。

 高槻市駅を過ぎた辺りで少し眠くなってきたが、ここまで来ると長岡天神まではすぐである。自動販売機で買った缶コーヒーを、眠気覚ましで飲む。

 やがて、長いトンネルを抜けると――電車は京都に入った。準急の場合、長岡天神駅から先が各駅停車である。故に、急ぎの用件の場合は準急ではなく特急を使うのが基本となっている。

 数多の駅を通過した末に、電車は烏丸からすま駅に停車した。烏丸駅から京都河原町までは距離が短いのに100円も上乗せされるので、大抵の人間――特に観光客は烏丸駅で下車する。しかし、善太郎の探偵事務所があるのは飽くまでも京都河原町駅の近くである。――100円ぐらい、どうだっていい。

 烏丸駅を発車してから3分で、特急は終点となる京都河原町駅に辿り着いた。

 僕はスマホの音楽アプリを停止して、ついでにノイズキャンセリングイヤホンも外した。

 それにしても、四条河原町という場所は広い。流石「京都のニューヨーク」と呼ばれる場所である。適当に高島屋の改札口で降りたが、善太郎の姿は見えない。

 とりあえず、スマホで善太郎に「高島屋の前にいる」と連絡した。当然だが、僕のメッセージに対する返事はすぐに返ってきた。

 どうやら、返事によると「高島屋の前で待っていてくれ」とのことだった。――もう少し、分かりやすい場所はないのか。

 善太郎からメッセージが来て数分後、赤髪のサングラス男――善太郎が赤い日産GTRの中から出てきた。意外といい車に乗っているんだな。

「おう、エラリー。ホントに来てくれたんだな」

「当然だろう。――後輩として当たり前の行動だ」

「それはそうと、エラリーはオレの探偵事務所に来るのは初めてだったな。オレの探偵事務所は、四条河原町のド真ん中にある雑居ビルの中に構えているぜ」

「四条河原町の雑居ビル?」

「ああ、オレの叔父おじ――明智六之進あけちろくのしんが四条河原町の一等地に建てた『明智ビル』の中に、オレの探偵事務所があるんだ」

 そう言って、善太郎は四条通を横に進んでいく。

 やがて、四条通の中でも景観条例スレスレのビルが見えてきた。――確かに、プレートには「明智ビル」と書かれている。そして、最上階である6階に「明智エージェンシー」という少しダサい事務所のプレートが貼られていた。

 善太郎が、明智ビルの隣のコインパーキングに日産GTRを停める。――彼でも月極つきぎめじゃないのか。

 そして、僕は――善太郎に案内されるが如くエレベーターに乗せられた。

 *

 ビルの6階には、確かに「明智エージェンシー」という看板があった。看板には「人捜しから浮気調査まで何でもやります」と書かれている。――胡散臭い。

 胡散臭いと思いつつ、善太郎は事務所のドアを開けてくれた。

「おう、ここがオレの事務所だぜ?」

「そ、そうなのか……」

 そこに広がっていたのは、探偵事務所には大方似つかわしくない光景だった。――デスクにゲーミングパソコンが置いてあるのはまあ分かるとしても、ロボットアニメのプラモデル――それも1/60スケールのプラモデルが大量に置かれている。そして、何よりも――僕も好きな件の女性アーティストのポスターが彼の椅子を背にするように貼られている。ゲーミングチェアの後ろに並んでいると、なんだかシュールだ。

 というか、際どいジャケ写で目の遣りどころに困る「名盤の1枚」と呼ばれるアルバムのポスターも貼られている。――人のことを言えないが、ガチ勢だ。

「これ、全部1人で集めたのか……」

「もちろんだ。――オレはアイドル時代から彼女のことが好きだからな。特に好きな曲はアイドル路線から脱却して1発目に出した『体温』という曲だ。泣けるぜ?」

「ああ、その曲は僕も好きだ。――って、そういう問題じゃない。とにかく、件の殺人事件について色々と教えてほしい。一応ノートパソコンは持ってきた」

「コホン。――じゃあ、説明しようか」

 そう言って、善太郎は僕に3件の殺人事件について説明してくれた。

「まあ、2つの殺人事件は既に説明済みだとして――今回発生した『一橋徹也殺し』だな。確かに、遺体の近くには『♤2♡2♧8♢Q♤7』という並びのカードが置かれていた。エラリーの見解が正しければ、これはポーカーのワンペアだな。ただ、気になる点もある」

「気になる点? それって一体なんだ?」

「推定死亡時刻だ。オレがエラリーに連絡したのは、昨日の午後3時30分ぐらいだったな」

「確かに、あの時は仁美と件の事件について考えていた時だが……」

「しかし、大阪府警の刑事が遺体を発見したのは午前7時頃だった。つまり、推定死亡時刻は午前7時以前となる」

「なるほど。――つまり、深夜帯の殺害という可能性も考えられるのか」

「そうだな。一応、親父おやじ――明智恭崇あけちやすたか警部の所轄しょかつである長岡天神駅で発生した殺人事件の推定死亡時刻は午前6時前後という見解を示している」

「そうか。つまり、犯人は深夜から早朝にかけて被害者を殺害したと言いたいのか」

 僕がそう言うと、善太郎は腕を組みながらドヤ顔を見せた。――正直、うざい。

「エラリー、鋭いな。そういうことだ」

 そして、話を続けた。

「犯人は恐らく何らかの方法で夜中に相手を殺害して、そして遺体の横にトランプを置いた。最初のうちは、特に目的とかは考えていなかったが――多分、犯罪を重ねるうちに『ポーカーの役』に見立てることを閃いたんだろう。その結果が、『一橋徹也殺し』の正体って訳さ」

「それじゃあ、あの時間帯に監視カメラに映っていた人物を割り出せば犯人は捕まるんじゃ……」

「残念だが、そういう訳にもいかない」

「――?」

「実は、親父に頼んで監視カメラの映像を確認しているのだが――あの時間帯に怪しげな人物は見当たらなかったんだ」

「そうなのか。――どこかで殺害してから遺体を運搬したとか?」

「その可能性も考えたが、矢張り理論上あり得ない。正直、京都府警も手詰まりって訳」

「なるほど。――父親が投げた事件の解決を、息子に頼むっていうのもどうかと思うが」

「まあ、オレは親父のこと――嫌いじゃないぜ?」

 確かに、父親との連携が上手くいっていなければ――善太郎自身が事件に関わることもないか。そう思いつつ、僕は善太郎が所持していた事件に関する類似データを見せてもらうことにした。

 3面ディスプレイ越しに、今までの「トランプを見立てに使った殺人事件」のデータがズラリと出てくる。――どこから持ってきたんだ。

 その中で、僕は気になるデータを見つけた。

「善太郎、少しいいか」

「エラリー、どうしたんだ?」

「このデータ、少し見せてくれ」

「おう、いいぜ?」

 僕が気になったデータは――今から2年前に発生した同様のケースによる殺人事件である。殺害現場は京都ではなく神戸のメリケンパークで、遺体の横には矢張りトランプが置かれていた。

 被害者の名前は「間宮英太郎まみやえいたろう」――当時25歳か。職業は商社マンらしい。

 善太郎は、僕の指摘に対して疑問を投げかけた。

「神戸の事件と今回の事件、何か共通点でもあるのか?」

 僕は、その疑問に対して――率直に答えた。

「うーん、トランプを用いているという共通点しか見当たらないが――なんとなく、遺体の状態が気になった」

「遺体の状態?」

胸部きょうぶにナイフが刺さっている。このナイフ――どこかで見覚えがないか?」

 数秒の「間」を置いて、善太郎は頭の電球が点いたかのように相槌を打った。

「――ああ、そういうことか。エラリー、お前ってヤツは本当に鋭いな。このナイフは、所謂『スペードのKが持ってるアレ』に似ている。そういうことだろう?」

「そうだ。――僕の小説のアイデアが、誰かにパクられているんだ」

「小説? お前――そんなモノ書いていたのか」

「そうだ。立志館大学を卒業してから、専業作家として食べていこうと思った。しかし、現実はそんなに甘くない。今では兼業作家としてなんとか食べていけているのが実情だ。――すまない。善太郎をモデルにした『浅賀善太郎』というキャラも創作している」

 僕が謝ると、善太郎は即答した。

「――別に、オレはエラリーにモデルにされることは悪くないと思っているぜ?」

「そうだったのか」

「なんとなく、エラリーはミステリ研究会に在籍している頃から『小説家になるんじゃねぇか』って思ってたからな。――何作か、原稿も見させてもらってるぜ?」

 ――見透かされていた。ここまで先輩――即ち、善太郎に見透かされていると、逆に恥ずかしい。そう思いつつ、僕は神戸で発生した類似事件の容疑者を見せてもらうことにした。

「残念だが、神戸で発生した殺人事件は犯人が捕まってない。その代わり、容疑者は――中国系の人物って言われてるらしいぜ?」

「中国系か。――なんとなく、見当はついているが」

「ああ、神戸は中国人による犯罪が後を絶たないって言うからな。ついこの間も、南京町で『刃傷沙汰にんじょうざたがあった』って言うじゃねぇか」

「その通りだ。容疑者は未だ逃亡中で、兵庫県警も頭を抱えているらしい。――善太郎の力で、なんとかならないのか」

「流石のオレもそこまでの力は持ってねぇ」

「まあ、そうだわな」

 僕がその刃傷沙汰を目の当たりにしたのは、今から2ヶ月前のことだった。確か、向こうで言うところの「春節」の時期であり、疫病騒ぎが落ち着いたこともあって中国人が大量に日本へと来ていた。――とりあえず、回想してみるか。

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