第4話
仁美に連れられてやってきたのは――岡本駅の近くにあるカフェだった。どうやら、彼女のお気に入りの場所らしい。
メニューには、美味しそうなケーキセットの写真が並んでいる。
「こういう店に行く機会はあまりないけど、おすすめを教えてくれないか」
僕がそう言うと、仁美ははにかむように答えた。
「うーん、とりあえず――モンブランかしら? 私はフルーツタルトを頼もうと思ってたけど」
「そうなのか。じゃあ、お言葉に甘えて――」
そういう訳で、僕はモンブランを、仁美はフルーツタルトをそれぞれ注文した。
ケーキが来るのを待つ間、例の事件について話をすることにした。
「それで、どうして僕を呼んだんだ?」
「なんとなく、悩んでるんじゃないかなって思って」
「ああ、その通りだ。――まったく、善太郎も無茶振りが過ぎる」
「そうは言うけどさ、私は明智先輩のこと――悪く思ってないよ?」
「それは僕もそうだ。彼のことを悪く思うはずなんてない。ただ――なんというか、彼って無鉄砲というか、向こう見ずというか、猪突猛進というか……そんな感じなんだ」
「まあ、それは言えてるかもしれないわね」
「ただ、僕に事件の解決を依頼するということは――彼も彼なりに悩んでいるんだと思う」
そんな話をしているうちに、ケーキセットがテーブルに置かれた。ちなみに、僕はコーヒーとのセット、仁美はミルクティーとのセットだった。
ケーキを頬張りつつ、僕は改めて事件の話をした。
「例の暗号について、僕は『キーボードの配列』に目を向けたんだ」
「配列? ああ、キーボードに刻印してある文字のことね。確かに、視点としてはアリかもしれない」
仁美がそう言うと、自分の鞄からリンゴ柄のノートパソコンを出してきた。――仁美も仁美で、パソコンを持ってきていたのか。
そして、リンゴ柄のノートパソコンを僕の方に向けて――適当な場所を指差した。
「数字から見ていこうかしら。確かに、2から9は上の段、10はまあ――ここでは『わ』としようかしら。そして、英字である――J、Q、K、A。多分、これだけで適当な単語は出来るでしょうね」
「適当な単語?」
仁美は、顎に手を当てながら自分の考えを口にした。
「まあ、これは私の考えだけど――『うまちえの』とか、どうかしら?」
一見意味のなさそうな単語に見えるが、よく見ると――「3つの単語」に分けられるな。そこに気付いた僕は、仁美に「3つの単語」を説明した。
「馬、知恵、野――か。確かに、僕の考えた暗号に当てはめると『4JA5K』だな。しかし、気になるのは――トランプの柄だ」
「そこまでは考えてなかったわね。――えっと、スペードにクラブにハート、そしてダイヤだっけ。それで、スペードとクラブは黒、ハートとダイヤは赤になってるんだっけ」
「その通りだ。諸説あるにせよ、トランプの柄がこの4つになったのは――季節を表しているとされている。クラブが春、ダイヤが夏、ハートが秋、そしてスペードが冬だ。それと、赤い柄が昼を指していて、黒い柄が夜を指している」
「なるほどねぇ。――そういえば、J、Q、Kのデザインにはどういう意味があるのかしら?」
「それに関してだが――実は、僕の新作小説のトリックというか、見立てで使おうと思っていたんだ。Jは『Jack』――すなわち『従者』を表している。Qは『Queen』、Kは『King』――説明はいらないと思うが、それぞれ王女と王様を指している。ちなみに、4つのJ、Q、Kの絵柄は微妙に異なっていて――マークを見ている方がより意味合いが強くなる」
「へえ、知らなかったわ。――それで、マークの意味合いって何よ?」
「そこか。――長くなるけど、聞いてくれ」
「良いわよ? まだケーキも食べきっていないし」
そういう訳で、僕はトランプに纏わる蘊蓄を説明することにした。
「えーっと、まずはクラブから説明するか。クラブは『知恵』を表す柄であり、Jはランスロット、Qはアージン――って言っても分からないか。要するにラテン語で女王を意味する『Regina』のアナグラムだ。そして、Kは――アレキサンダー大王だ。いかにも『知恵』を授かりそうなメンツだな。次に、ダイヤだな。ダイヤは『富』を表すとされていて、Jはローラン、Qはラケル、そしてKはカエサルだ。ハートは見れば分かる通り『愛』を表す柄だな。Jはジャンヌ・ダルクの戦友だったラハイア、Qはジュディス、そしてKはカール大帝だ。最後にスペードだが――これは『死』を表すとされる不吉な柄なんだ。ほら、スペードのAだけ大きいだろう?」
「確かに、大きいわね。アレってどうしてかしら?」
「――偽造防止だ。中世のイングランドでは『トランプ税』という税が課税されていたのだが、その納税の証が『スペードのA』だったんだ。でも、なんて言うんだろうか――要するに、脱税が後を絶たなかった。脱税が多いということは、偽造も
「いま、スマホで調べてるけど――確かに、スペードのAだけデザインが複雑だわね。それで、JQKの由来って何なのよ?」
「ああ、そこだな。――Jはオジーア・ザ・ダン。カール大帝を支える騎士だ。Qは諸説あるがギリシャの女神であるアテナが有力視されている。そして、Kはダビデ王だ。僕は、今書いている小説における遺体の見立てとして――『スペードのロイヤルストレートフラッシュ』を使おうとしていたんだ」
「どうして、スペードのロイヤルストレートフラッシュを?」
「被害者が5人いるとして――まず、『10』の見立ては10個の模造刀を置く。次に、『J』の見立ては結び目をつけたロープを置く。『Q』の見立ては一輪の花を置く。『K』の見立ては被害者の手に凶器であるナイフを持たせる。最後に、『A』の見立てだが――そこまではまだ考えていない」
「確かに、トランプの絵柄って持っているモノが微妙に違うわね」
「そこだ。本当の意味合いとしては――クラブは『
「タロット? どういうことよ?」
「棍棒をワンド、聖杯をカップ、ダイヤをコイン、そして――スペードをソードとする」
「ああ! そういうことね」
「だから、タロットの小アルカナをもっと分かりやすくしたモノが――トランプの由来と言われているんだ。もっとも、これは諸説にすぎないんだけど」
トランプに纏わる蘊蓄を一通り説明したところで、僕は――持ってきたダイナブックを開いた。――画面には、トランプの絵柄が表示されている。
「でも、この絵柄だけで見立てって出来るのかしら?」
「そうだよな。――気になるのはそこだけじゃない。多分、犯人は適当にカードを並べているわけではなさそうだ」
「それって、どういうことよ?」
「うーん、僕の見解が正しければ――多分、次の殺人で絵柄が揃うはずだ」
そんなことを言っている時だった。――善太郎からスマホ宛にメッセージが入ってきたのだ。
――すまない。新たな事件だ。事件現場は阪急の高槻市駅。エラリーがどこにいるかは分からないが、とりあえずこの写真を送信したい。
そう言って、善太郎から写真が送られてきた。
「――何よ、コレ」
仁美が絶句する中――善太郎から送られてきた写真には、矢張りトランプが並んでいた。
「ああ、これは――恐らく、ワンペアだな」
「ワンペア? それって……」
「ポーカーでの基本的な役だ。絵柄が違っても、数字が揃っていたらその時点で成立する」
善太郎が送ってきたトランプの写真は、次のような配列になっていた。
♤2♡2♧8♢Q♤7
「――ここは、江成くんの言葉を信じるしかないわね」
仁美がそう言ったので、僕は――当たり前の話をした。
「そうだな。今までの事件は――多分、序章というか、準備体操にすぎなかったんだ」
「じゃあ、これからどんどん死人が出るわけ?」
「どうだろうか……。流石に『ロイヤルストレートフラッシュ』が出たフェーズで打ち止めになるとは思うが」
「そうなる前に、なんとしても死者を食い止めないとね」
多分、この時の仁美は「自分が『ポーカーの殺人』に巻き込まれるかもしれない」と思っていたのだろう。でも、実際に巻き込まれたのは――仁美じゃなくて、善太郎の方だった。
――この件に関しては、完全に僕の責任だと思っている。
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