第3話

 朦朧もうろうとする意識を覚醒させる。――どうやら、ダイナブックをけっぱなしで寝ていたようだ。原稿には無数の「あああああ」という文字が入力されていた。

 スマホを見ると、現在時刻は午前7時。そして、善太郎からのメッセージが入っていた。

 ――あれから何か分かったか? オレはさっぱりだ。ただ、5枚のトランプの謎はなんとなく分かったような気がする。オレの見立てが正しければ――トランプは「何らかの遊び」を示している可能性が高い。

 ――そうだ。昨日話すのを忘れていたけど、今回の事件だが……正直言ってオレは探偵として匙を投げそうだ。だから、エラリーの協力を仰ぎたいと思う。

 ――当然だが、報酬はそれなりに弾むぜ。ここは100万円でどうだ?

 100万円の報酬か。――悪くはない。というか、高額な報酬に釣られる自分もどうかしている。

 そもそもの話、明智善太郎という人物は――京都でも屈指のおっちゃまらしい。確か、「明智財団」とかいう財団の御曹司おんぞうしであり、父親は京都府警の警部であると聞いた。だからこそ、立志館大学でもミステリ研究会に所属していたのだろう。

 実際、立志館大学のミステリ研究会は――古今東西のミステリ小説を研究するための会である一方、実際に発生した殺人事件や不可解な事件を独自で推理していた。当然、一般人の推理であるが故に――京都府警から相手にされることなんて滅多になかった。

 しかし、僕が持ち込んだある殺人事件の推理を行ったところ――捜査の手助けになったことがあった。それこそが僕の処女作『絡繰屋敷の殺人』の元ネタである。

 兵庫県丹波篠山市の古い武家屋敷で発生した殺人事件をミステリ研究会で推理していたところ、それが兵庫県警の目に留まった。僕は単純に「誰かが遠隔操作で絡繰屋敷のからくりを作動させたのではないか」と推理しただけなのだが、結果としてビンゴだった。――後で知った話だが、どうやら善太郎の父親が兵庫県警の警部に入れ知恵をしたらしい。名前は誰だっただろうか。忘れた。

 多分、善太郎が探偵業を営んでいるのは、その時の経験があったからなのだろう。――家庭の事情はともかく、現時点ではそうとしか考えられない。

 とりあえず、僕は善太郎から送信してもらったトランプの画像を見る。確かに、5枚のトランプがランダムに置かれている。

 トランプを使った遊びといえば――ブリッジとか、ババ抜きとか、そういう類のモノを浮かべるか。7並べなんてモノもあったな。とにかく、事件の犯人は遺体を「何か」に見立ててトランプ遊びを行っているのだろう。

 まず、御城丈瑠のカードを暗号化してみる。

 ♡2♤7♤9♧K♧8

 そして、次に澤田斗和子のカードを暗号化してみる

 ♧3♡5♧9♤A♢Q

 ――こういう並び、どこかで見たことあるんだよな。どこだっただろうか?

 しかし、2人の遺体に置かれていたカードだけじゃ何も分からない。乱雑に置かれているが故に、共通性も見出だせない。

 僕は、善太郎のスマホに「暗号化したカードの配列」を送ることにした。――これで何かが分かれば良いのだけれど。

 *

 善太郎から返信が来たのは、僕が件のメッセージを送信してから30分ぐらい経った後だった。その時の僕はというと、ダイナブックで原稿を書きつつサンドイッチを頬張っていた。ちなみにサンドイッチは近くのコンビニで買ったベーコンレタストマトサンドである。

 ――エラリー、暗号は見させてもらった。今のところ、共通点といえば数字の「9」が入っているところだろうか。トランプの数字を足してみたが、特に「合計が同じ」ということではなかった。合計が「21」ならブラックジャックの見立てを疑ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 ブラックジャックか。手持ちのカードの合計が「21」になるようにカードを引いていき、ディーラー――つまり、親の手札とプレイヤーの手札を比べてより「21」に近いほうが勝者となる。計算方法としては――2から9まではそのまま数えて、10からKまではすべて10点と数える。そして、Aは11点となる。

 たまにディーラーの手札が10点のカードとAのカード――つまり、「21」になってしまうことがあるが、それは「プレイヤーの強制敗北」を意味するモノであり、場合によってはディーラーによるイカサマを疑ってしまう。一応、トランプ遊びとしては古くから伝わる遊び方であり、賭けの対象になることもある。

 仮に、一連の殺人事件がブラックジャックの見立てだとしたら――確かに合計数は21を大幅に超えていることになる。この可能性は捨てるべきだな。

 次に考えたのは――ポーカーの見立てだった。しかし、暗号化したところで役が揃っている訳ではない。矢張り、もっと別のトランプ遊びだろうか。

 昔、ダイナブックで遊んでいたコンピュータによるトランプ遊びの中に「ソリティア」というモノがあった。意味はフランス語で「一人遊び」を意味するモノであり、名前の通り一人で遊ぶトランプ遊びだった。

 ルールは単純であり、手札から8つのマスに赤いカードと黒いカードを降順に並べつつ同じマークのカードをAから順番に正しい場所に置いていくだけである。

 僕は、全てのカードを並べ終わった時の「跳ね返るトランプのアニメーション」が結構好きだった。ずっと見ていられる。

 ちなみに、このトランプ遊びの正式名称は「クロンダイク」だが――ダイナブックにインストールされていたゲームソフトの名前は確かに「ソリティア」だった。これはゲームの開発会社の勘違いでこうなったらしく、実際に「ソリティア」と名が付くトランプ遊びはクロンダイクだけではない。確か、「ゴルフ」とか「ピラミッド」とか「スパイダー」とか、そういう類のトランプ遊びも「ソリティア」として総称されていたような気がする。――ルールは忘れてしまったが。

 まあ、一連の殺人事件が「トランプ遊びの見立て」であることは僕の目から見ても明確であり、当然ながら善太郎の目から見ても明確である。――これ以上、事件の連鎖を起こす訳にはいかない。

 コーヒーを飲みつつ、僕はダイナブックで引き続き小説の原稿を書いていく。『血塗られたこけし』の見立てには、矢張りトランプを使っていたが――善太郎が持ち込んできた殺人事件とは異なり、こっちは飽くまでも「ポーカーによる見立て」を選んだ。

 なぜポーカーを見立てに使ったかと言うと、数あるトランプ遊びの中でも単純に見立てが作りやすかったからである。要するに――同じマークで「10、J、Q、K、A」が揃うと「ロイヤルストレートフラッシュ」という最強の役が出来上がるのだ。

 ――まさか、一連の殺人事件はポーカーを見立てとして使っているのか? いや、それはないか。確かに事件現場に置かれていたカードは5枚だが、手札はランダムに置かれている。特に共通点がある訳ではない。

 他に可能性があるとすれば――何らかの暗号だろうか。そう思った僕は、ダイナブックのキーボードをじっと見る。そこで思いついたのはキーボードに刻印されている「かな文字」だった。

 最近のキーボードは「ローマ字入力」が基本らしいが、未だに「かな入力」を使っているユーザーも一定数いるらしい。そういうユーザーのために、日本のパソコンのキーボードには英数字の横にかな文字が刻印されているのだ。

 僕は、トランプに印刷されている英数字をキーボードのかな文字に当てはめてみる。

 A=ち、2=ふ、3=あ、4、う、5=え、6=お、7=や、8=ゆ、9=よ……10は矢張り「ぬ」か「わ」だろうか。

 そして、J=ま、Q=た、K=の

 これだけ見ると意味不明だな。とりあえず、ここに文字を当てはめていくか。

 まずは――御城丈瑠の手札に文字を当てはめてみる。

 ♡2♤7♤9♧K♧8=「ふやよのゆ」

 次に、澤田斗和子の手札に文字を当てはめてみた。

 ♧3♡5♧9♤A♢Q=「あえよちた」

 ああ、余計と意味不明になってしまった。矢張り、キーボード配列ではないのか。キーボード配列ではない。ポーカーの見立てでもない。――一体、何の見立てなんだ?

 万策尽きて頭を抱える僕の元に、仁美からメッセージが送られてきた。

 ――江成くん、もしかして明智先輩の件で悩んでるの?

 ――あれから私もトランプの謎について調べてるけど、矢っ張り分からないのよね。

 ――そうだ、神戸に来ない? ちょうど暇を持て余してたところなんだ。岡本駅まで来てもらったら、後はこっちで案内するからさ。

 そこまで言われてしまったら、ここは仁美の知恵を借りるべきだろうか。そう思った僕は、阪急で岡本駅まで向かうことにした。――どうせ1駅だし、バイクで行っても知れている距離なのだけれど。

 一応――ダイナブックを鞄に入れた上で、僕は芦屋川駅まで向かった。

 この時期になると、芦屋川の桜も散り散りというか――まばらである。まあ、4月も半ばだから当然だろうか。相変わらず寒いが。そして、3分もしないうちに岡本駅へと着いた。

 当然ながら、岡本駅の改札口では仁美が手を振って待っていた。

「江成くん、こっちこっち」

 僕は、咄嗟に仁美の手を握った。――別に、恋愛感情なんて持っていないのだけれど。

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