第1話 如月春夏②

 幽霊から頼まれ、死因を探すという試みは多分……この世のどこを探しても同じ思いをしている人間はいないと思う。しかし、それは言い方の問題でやるべきことは人が死んだ理由を探すというだけのこと。


 それから家に帰り、風呂に入り、夕飯を食べ、自室。如月は当然のように俺に付いてきていて(さすがに風呂にまでは付いてこなかったが)、今は部屋の窓際に腰掛けている。


「死んだのはいつなんだ?」


「分かりません」


「死ぬ直前の記憶とかは」


「分かりません」


「生前の交友関係は?」


「分かりません」


「よし、諦めろ」


 そんなやり取りをし、俺は布団に寝転がって漫画を読む。何もかもが分からないとなれば、それこそ砂漠の中で1本の針を探すようなものだ。潔く諦めて幽霊人生を謳歌したほうが良いだろう。


「そんなっ!」


 如月はショックを受けたように項垂れる。さっきまでは楽しそうにニコニコとしていたというのに、感情豊かな奴だ。


「考えてもみろよ、今分かってるのは何故かこの地にいて、何故か幽霊になってるってだけだ。それだけで探せると思うか?」


「気長に、地道に調べればきっと……」


「俺の時間は有限なんだよ。高校生活全部それに捧げさせるつもりか?」


「……それは、そうですね」


 見て分かるほどに如月は落ち込む。そうもあからさまにショックを受けた様子を見せられると、俺が悪いことをしている気分になってきてしまう。


「あくまでも隙間時間くらいになるけどな。学校の昼休みとか、放課後とか。幸い卒業までは二年以上もあることだし」


「……相馬さんって、ツンデレというやつですか?」


「手伝うのやめるか」


「嘘です嘘です!冗談です!」


 如月は必死に頭を下げる。その様子が少しだけ面白い。


「まず調べるとしたら、名前だろうな。如月春夏って名前は随分珍しいし」


「確かに……では、過去の新聞記事などを探すところからですね」


「いや、さっき調べたよ。何も出てこなかった」


 もちろん、過去の新聞記事を引っ張り出したわけではない。ネットで簡単に「如月春夏 事故」や「如月春夏 事件」と調べただけ。そしてその結果はヒントになりそうなものすら出てこなかった。


「とてつもない手際ですね……!」


「……」


 驚く如月の様子を見る。少しだけ疑問に思うこと、引っかかること。当然のように見えて、当然ではないことがあるかもしれない。


「如月、今の元号分かるか?」


「元号……分かりますよ。ええと、今は……あれ?今……」


 そこの記憶も抜けてしまっているのだろう。如月の記憶は予想以上にツギハギだらけのものとなっているようだ。


「今は令和。だとするとそもそもの話、すげえ昔の話かもな」


 ここ数年の話ではなく、数十年の話なのかもしれない。如月の口振りからそんな可能性すら出てくる。


「これ、分かるか?」


「……携帯、ですよね?分かりますよ?」


「なら、これで情報を調べられることは?過去の新聞記事を漁るなんかよりもよっぽど早く、明日の天気を調べるのも簡単にできるのは?」


「……それは知らないです。あれ、そもそも携帯は……ええと」


「一般的な知識はある。けど、それらの記憶はないって感じかな。ややこしい話だな」


 物としては理解できるが、それにまつわる記憶がない。そうなってくるとかなり大変な話かもしれない。


 如月の記憶は頼りにならない。分かっているのは少女が一人亡くなったということだけ。日本中を探したとしても分からない可能性すらあるな。


「何かヒントがあれば……」


「ヒント、と言えるかも分かりませんが……この街はきっと何か関係があると思うんです」


「この田舎町が?」


 近くに海があるどこにでもありそうな田舎。だが、如月の言葉には理由がある。


「なんとなく、本当になんとなくなんですけど。私がこの場所に幽霊として出たなら、その原因もこの街にあるんじゃないかと」


「当然の考えだな。情報がもう少しあれば頭の良い探し方もあるけど、現状はそれに頼るしかないか」


 だが、闇雲に探すよりはよほどマシだ。この街で起きたことを調べれば辿り着ける可能性すらある。その結果、徒労に終わったとしてもそれはそのとき考えれば良い。


「幽霊ってきっと、未練があるからなってしまうんです。私の場合は……死因じゃないかと」


「明日、また調べてみよう。丁度学校もあるし」


 学校ならもしかしたら、何かしらの資料があるかもしれない。それに教員に話を聞けば分かることもきっとある。そういった調べ方をしなければならないだろう。


「学校……あの、相馬さん」


 如月は俺の言葉を聞き、学校という言葉を繰り返す。そして顔を上げ、俺にこう伝えた。


「もしよければ、今から学校に行ってみませんか?外から見るだけでも」


「……夜だけど」


「この辺りにある学校はそこだけですよね?だから、もしかしたら何かを思い出せるかもって」


 俺の言葉なんて聞こえていないのか、如月は目をキラキラと輝かせながら言う。そこまでの期待があるのなら、そう遠くないし足を運んでみるのも一つの手か。どうせ明日は学校があるけど、善は急げという言葉もあることだし。


 これが本当に善なのかは分からないが。


「中には入らないからな」


 如月の予感が果たしてどこまで当てになるかは分からない。ただ、針を見つけるのにも探し始めないと見つからないのは確かだ。それがどれほど無謀なことだろうと、やらなければゼロのままなのだ。




「どうだ?」


 寝ている叔父を起こさないように家を出て、暗い夜道を俺と如月は歩いていった。夜にもなると寒さは一段と増しており、時折吹く風は肌を突き刺すような冷たさを感じさせてくる。


 横を歩くワンピースの如月を見ているとそんな寒さが更に増すような気がして、道中はほとんど足元を見ながら歩いていった。


 やがて辿り着いた校門前で俺は如月に問う。如月からの返事はない。ようやく俺が如月に視線を向けると、如月は静かに校舎を見つめていた。


「如月?」


「……あ、ごめんなさい。そうですね、私は……この学校に通っていたと思います。どういうふうにとか、どんなふうにとか、そういうのは分かりませんが……きっと通っていたはずです」


 ということは、何か思い出せそうといったところだろうか。如月の生前の記憶を取り戻すにはまだまだ時間はかかりそうだが、こうやって少しずつ思い出して行くしか方法はない。


「あの、校舎に入ってみませんか?」


「……中には入らないって」


「でも、他にも思い出せるかもしれなくて」


「じゃあ、俺はここで待ってるから」


「そんな無粋なことは言わずに」


「だって、俺がもし見つかったら通報されるだろ。如月は見られないから平気だけど」


「……もしかして、怖いんですか?」


 なぜだ。なぜバレた。ここまでのやり取りで俺がビビっているなんてことは微塵も表に出さなかったはず。だから如月にそれがバレているはずはない。ここはあくまでも平静を装ってクールに返すべきだろう。


「び、びびってねえよ」


「ビビってるじゃないですか」


 ミスった。声が震えてしまった。だって仕方ないだろ、夜の校舎とか絶対にお化けとか出てくるし、出てこなくても雰囲気だけで怖くてたまらないもんだろ。既に幽霊なら今目の前にいるけども。


「幽霊が出たらどうするんだよ」


「そんなポンポンと出ませんよ、だから大丈夫です!」


 どんな根拠なのだろうか。現に俺は如月春夏という幽霊に出会っているし、絡まれている。こうやって幽霊と名乗る幽霊を見て触れてしまっている以上、他の幽霊が見えないなんて保証は全くないわけで。


「見回りしてる教師が恐ろしい人だから、やっぱやめとく」


「……本当ですか?」


「本当本当」


「むう……分かりました。それなら私だけで見てくるので、待っていてください」


 渋々、納得したとはとても言えない様子で如月はようやく引き下がる。危うく夜の校舎という危険地帯に足を運ぶ羽目になるところだった。


 が、事態はそう単純なものではないらしい。


「あれ?」


「どうした?」


 校舎へ向けて歩いていった如月だったが、それも俺からそう離れていないところで止まる。自分の足元を確認し、首をかしげて不思議がっている様子だ。


「もしかして」


 次に如月は引き返してきたかと思うと、今度は学校まで来た道を引き返し始める。が、それも途中でやめてまた戻ってくる。そして次は違う方向へ……なんて奇妙なことを繰り返し始めた。


「おい、如月?」


「相馬さん、大変なことに気づきました」


「大変なこと?」


「私、どうやら相馬さんに取り憑いてしまっているみたいです。相馬さんから離れようとすると、進めなくて」


「何勝手に取り憑いてんだよ!?」


 そんな許可は出した覚えはない。如月自身も今気づいたということらしいから、何かがキッカケでそうなってしまったのだろう。考えられるとしたら……あのときか。


 如月が俺の手を掴んだとき。あのとき如月からは強い意志と想いを感じた。それに俺が応えてしまったから、知らず知らずのうちに取り憑いてしまったのだ。


「まぁ、でも、大丈夫ですよ」


「それって俺が言うべきセリフじゃない?」


 頭が痛い。つまり、今後如月が目的を達成するまではずっと俺の身の回りに如月がついて回るということか。プライバシーの字は一字たりともなくなりそうだ。


「……けどなったもんは仕方ないな。如月の意志でどうにもできないんだろ?」


「恐らく。幽霊事情には詳しくないので……確信ではありませんが」


 今この場で幽霊事情に一番詳しいのは間違いなく如月だろうから、つまりは諦めろということ。


「では、気を取り直して行きましょうか」


「……どこに?」


「校舎ですよ。相馬さんも一緒に行かないといけなくなってしまったので」


「……じゃ、この話はなかったということで」


「なくなりませんっ!ありまくりですっ!」


 ほとんど無理矢理校舎に連れて行かれる俺であった。

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