第17話

 花蓮のスマホに刺さっていたあの花は、今は僕の心臓に刺さっている。六枚の花びらを付けて。十分過ぎることに一枚落ちて行く。


 砂辺に座り話をした。花蓮とこうやって話すのは久しぶりだ。

 初めはお互いを懐かしむように今までの話をした。でも僕が話したいのは過去の確認ではない。きっと彼女もそうだ。残された時間は限られている。腹をくくり、本題に入った。


「ねえ、どうして僕に連絡くれたの」


「そう君なら私のこと絶対忘れないって思ったから」


「何それ。もし忘れてたらどうすんの」


「ううん」と首を横に振ってから僕の目をじっと見た。


「そう君は忘れない。私もそう君のこと絶対忘れない」


 花蓮は確信があるようにそう言った。心臓も体のあちこちもがキュッとなった。いつもだったらここで恥ずかしさから目を逸らすが、もうあの時の僕はいない。花蓮の顔を記憶に刻み込むように見つめた。


「そうだね。忘れないよ」


 僕が笑いかけると彼女も笑った。

 一つまだ解せないことがあった。彼女がいなくなってから見つけたあの紙きれ。


「花蓮は自分が消えることわかってたの?」


 ――今の僕と同じように。


「ん? あっ、あの紙のこと?」


 頷くと、彼女は思い出し笑いでもするように話し始めた。


「あれね、ふふふ。全然そう言う意味じゃなくて、翔真と別れた後に、放課後誰もいない時を狙って……、こっそり入れたの。私だと気付いてくれるかなーって」


「気づくよ。あの話の後なんだから」


「だよね。でも意味まではわからなかったでしょ」


「うん」


「翔真と別れたときね、もう好きでもない人と付き合うのは辞めようって決めたの。で、あれは私なりの告白」


「は?」


 あれのどこが告白なのだろう。僕はてっきり、花蓮は今の僕と同じように“死”の訪れを知っていたのだと思った。


「今、別れてフリーですよ、って意味」


「全然わかんない。直接言ってくれれば」


「言ったら、そう君、受け入れてくれた?」


「それは」


 言葉に詰まった。あの帰り道や、この海でキスをしたときにそう言われていたら、その場の雰囲気に流されるように肯定していただろう。


「だからずっと言えなかった。そう君から振られたら、私立ち直れないもん」

 僕の戸惑いを感じ取ったのか、花蓮は目を伏せた。


「花蓮、僕は」


 花蓮の幼馴染でよかったってほんとにそう思っている。

 そう言うと、彼女は何かに耐えるように口をキュッと結んだ。両腕を掴む手にも力が入っている。その頭を撫でるように潮風が通って行く。


 これははっきりと言える。花蓮と出会えたことで、世界が広がった。深くて暗い穴から出てきた蟻のように。

 意を決した彼女は顔を上げた。


「幼馴染なんて思ったことないよ」


 隣にいる花蓮は海の方をまっすぐ見つめて言った。


「ずっと大好きだった。いつこっちを見てくれるんだろうって思ってた」


「そんなこと一度も」


「言ったら、仲良くしてくれなくなると思って。幼馴染っていう特権をずっと利用してた。でも結局離れちゃったけどね」

 と悲しそうに笑った。


「でも花蓮には常に彼氏いたから」


「あれはそう君への気持ち紛らわすため。それと、私が他の男と仲良くしていたらやきもち焼いてくれるかなって」


 やきもち。そんな発想はなかった。ただ花蓮の幸せを願っていた。彼女を幸せにする人は僕ではないと思っていた。


 僕は今まで何を見ていたのだろう。

 塩が目に染みるのか涙が自然と流れてきた。空っぽの体に波の音が流れ込んでくる。


「そう君」と呼ばれ隣を見ると花蓮も目が染みていたようだった。


 手を頬に添えられ指で涙を拭われた。


「そう君、変わったね」


「え、」


「なんか人間らしくなった」


 花びらが最後の一枚になった。


「愛してる。そう君が穴を掘っていたあの時から今までずっと」


「僕は――」と言いかけた時、唇が重なった。


 最後の花びらが落ちる音がした。


 ――パッと咲いて、パッと散りたい

 花蓮が咲いて、僕が散った。


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