第16話
翔真が意気揚々に手を上げて発言した。
「じゃあ、俺から。大金持ちにしてほしい」
「却下」
ハイ次、とルルちゃんは即答した。項垂れる翔真。
茉実は「蒼汰君から花蓮さんの記憶を消してほしい」と願った。
てっきり、僕の願いを茉実も叶えようとそこまでしてくれているのかと思っていた。
「へえ」
ルルちゃんは歪な笑みを浮かべた。
「だってよ。そろそろ出てきなよ。花蓮」
出てきたらルルちゃんに回収されてしまうかもしれない。それはダメだと鞄を抑えていたが、花蓮はぬるっと隙間から出てきた。
「そのうさぎ――」
茉実が目も口も見開いてこちらを見ていた。
「あなたに隠れて二人はずっと一緒にいたのよ」
ショックを隠しきれていない茉実。
「そんなんじゃない。ここ二週間のことだ」
僕の言い訳は彼女をさらに苦しめたようだった。
「私がいなくても蒼汰君は寂しくなかったんだ。いっつも私だけ空回りしている」
「いいよ。茉実、あなたの願い聞き入れてあげる。――この女を殺せたらね」
ルルちゃんは友里を指さした。
「私ここから動けないの。だからあなたが代わりに殺して。私に魂を運んできて」
「……わかった」
これはルルちゃんが楽しむためのものだ。ルルちゃんはそこから動けないからって何もできないわけではない。
「待って、茉実。それはダメだ」
「何がダメなの。蒼汰君だって花蓮さんのためにこの子殺そうとしてたじゃない」
「僕の願いは」
「あんたの願いも面白くないから却下」とルルちゃんは見下すように僕を見て言った。
「約束が違うじゃないか」
「連れてきたのは茉実だから」
茉実は逃げる友里を追いかける。翔真は寝っ転がって何でダメなんだよとまだ駄々をこねていた。
ルルちゃんが花蓮をうさぎから取り出そうとしている。僕はうさぎを連れて行かれないように抱きしめた。その間に茉実が友里を押し倒し、首を絞めている。
「茉実……、やめろ」
「うるさい。黙れっ」
こんな彼女を見るのは初めてだった。
「蒼汰君が悪いんだからね。私のことちゃんと見ようとしなかったから。全部蒼汰君のせいなんだから。あの時何で私に話しかけたのよ。ずっと黙っていればよかったのに」
あの時。ああ初めて話したときのことか。遠い昔のことのように感じられる。
「茉実が、かわいかったから」
彼女ははっとしてこっちを見た。
「うそだ。止めさせたくてそう言ってるんでしょ」
「違う。ほんとに、奇麗な子だなって……思ったから」
僕が花蓮を失って初めて誰かに興味がいった。茉実と会っている時は自分がここに存在していると実感できた。
茉実は力が入らなくなったのか友里の首から手を離した。泣きじゃくっている。
「ずるいよ。だったらもっと私のこと見てよ」
見てた。どんな時に喜ぶのか、悲しむのか、怒るのか。彼女と出会ってまだ数カ月だけど僕なりに大切にしていたつもりだった。彼女が求めてきたら応えていたし、会いたいと言われたら何時でも会いに行った。
「僕は……茉実のこと」
――愛していた? その時気付いた。一度も気持ちを言ってなかったことと、言えないことを。
「今だってそうじゃない。私のことよりその子のこと守っているじゃない」
腕の中で花蓮が震えていた。
「かっこつけていないで自分の気持ち認めて受け入れなよ。そうゆうとこほんとかっこわるいよ」
茉実は友里を引きずってルルちゃんのところまで持っていった。
「自分でできるでしょ」
「ちえ」とルルちゃんはつまらなそうに唾を吐いた。
「じゃあいいよもう。茉実の願い叶えてあげる」
「さっきのは訂正する。私の中から蒼汰君の記憶を全て消して」
茉実は振り返った。目に涙が溜まっていて、水面が光を反射した時のように輝いていた。
「蒼汰君は私のこと忘れないで。ずっと大切にしなかったこと後悔していて」
ルルちゃんが茉実の頭に手を数秒置き、離すと、彼女は目の前から消えた。
「茉実っ!」
「大丈夫。お家に戻しただけだから。君の記憶全部消してね」
心の中にあったざわめきが時を止めたように固まった。どこかで彼女に花蓮の代わりを求めていたのかもしれない。確かに心の空白を埋めてくれるのなら誰でもよかったし、茉実では埋められなかった。
だが、今ならわかる。その考え自体が間違っていたのだ。花蓮の代わりはどこにもいないし、茉実も茉実でしかない。
僕は怖かったのだ。自分に向けられた「好き」という気持ちを受け入れることと誰かを愛することが。自分をさらけ出して、もし拒否されたらどう生きればいい。でも僕はそれを茉実にしていた。自分が傷つくことばかりを恐れて彼女を傷つけていた。こんな不甲斐ない僕を受け入れて包み込んでいてくれていたのに。
「それじゃ」とルルちゃんは友里から魂を引き抜き、飲み込んだ。自由に動けるようになったルルちゃんは翔真のこともうるさいからと飲み込んだ。
それから花蓮を僕から奪い取るとうさぎから花蓮を引っ張り出した。
「じゃあ、一時間後迎えに来る」
「一時間……」
「そう。こんなこと守る義理はないけどね、特別。花蓮を見つけてきてくれたから」
花蓮や茉実には黙っていたけれど僕はルルちゃんと契約を交わしていた。
友里を連れてくるのに失敗したら代わりに僕の寿命を好きなだけやるから花蓮を元に戻してほしいと。
ルルちゃんは一時間だけ残してくれた。
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