第15話

「これでよし」とスマホを鞄にしまい、前方で大きく伸びをしている翔真に茉実は目をやった。


 こんなに簡単に行くとは思わなかった。信じてくれると期待していなかったが翔真はいかつそうに見えて案外素直だった。ただのバカなのかもしれないけど。


 あの夜以降、蒼汰君とは会っていない。花蓮さんの下着をうさぎのぬいぐるみに付けたのは茉実だ。からかうつもりでやったのに蒼汰君はそれには触れず、そのぬいぐるみを持っていた。


 ついカッとなってしまった。今までテレビ台の下で転がっていたのにあれを付けただけで興味を示すなんて。もう死んだというのに彼の頭の中には花蓮さんがいる。生きている私には興味がないようだった。


「なあ、ほんとにここにあったのかよ。なんもねえけど」


 友里たちが来るにはもう少しかかる。なかなか信じなくて、写真を送って、やっとこっちに向かってきた。茉実は疑われないよう明るい声を出して言った。


「うん。もうちょっと行った先にある」


 翔真のことは花蓮さんに暴力を振るっていた証拠があるとでも言って連れて行こうとしたがそれでは自分の身に危険が生じる恐れがあるため、友里のせいで花蓮さんがいなくなったと、説明した。初めは相手にしてくれなかったが、数日後連絡が来た。


 友里に聞いたら認めたと。なぜ本人に聞いたのか。それで彼女が違うと否定したら翔真はそれを信じるのかわからなかったが茉実の思う通りに進んでいった。


 蒼汰君がメッセージで言っていた場所へと翔真を連れてやって来た。これを友里に言えば確実に彼女も来る。蒼汰君にも知らせたのは彼が花蓮さんを失うところを自分の目で見てほしかったからだ。

 私は花蓮さんが生き返るのを阻止しなくてはいけない。


 どうしてここまで蒼汰君のことが好きなのか自分でもわからなかった。どんなに尽くしても自分の物にならないから欲しくなってしまうのか。これは恋ではなくて執着に近いのかもしれない。


 彼に初めて会ったとき、暗くて表情も乏しく、近寄りがたい人だなと思った。周りの子たちもいいのは顔だけだ、残念と言っていた。茉実もそう思っていた。痩せていて少し猫背気味の長身に黒髪。いつも伏せがちな瞳に一度も笑ったことがなさそうなまっすぐな唇。


 飲み会に遅れてきたため、開いている席が蒼汰君の隣しかなく仕方なくそこに座った。彼は無口で茉実が一方的に話しかけていた。相槌だけは打ってくれていた。


 茉実が話すことに疲れ、口数が少なくなってくる。視線を感じ、隣を見ると、いつも伏せられている瞳が茉実のことをとらえていた。茉実はその瞳に吸い込まれそうになり目が離せなかった。しばらくして彼が口を開いた。


「茉実さんの目ってきれいだね」


 心臓がビクンと飛び跳ね、目を逸らす。彼はまだこちらを見ている。視線が耳に感じる。

 彼は耳たぶを触って来た。今度は体がビクンと跳ねた。恥ずかしくなり俯く。どうやら彼は酔っているようだった。


「このピアスかわいいね」


 あるキャラクターとコラボしたピアスだった。

 顔が真っ赤になり俯いていると、ふふと笑い声が聞いた。茉実さんかわいいと言われ、思わず顔を上げると、彼が優しく微笑んでいた。


「茉実さんと居るの楽しいな」


 その時、その笑顔、その表情を独り占めしたいと思った。誰にも渡したくないし知られたくないと。


 でもいくら頑張っても彼は私の物にはならなかった。私に興味が湧いたのはあのピアスをしていたから。あの夜、彼が大事そうに持っていたひび割れたスマホの裏にこのキャラクターのステッカーが挟まれていた。あれは花蓮さんのだ。彼は初めから私に興味なんてなかったのだ。


「えっ、友里、なんでここに」


 やっときた。翔真がイラつき始め、留めておくのも限界が来ていたところだった。

 後ろには蒼汰君もいた。一段と冷たい顔をしているが私の心は躍った。二週間ぶりに会えたのだ。駆け寄りたくなる衝動を抑えた。これがうまくいけば彼の方から駆け寄ってくれるだろう。


「ルルちゃん、連れてきたよ」


 どこに問いかけるもなく空を見上げて言った。


「上出来、上出来」


 どこからかともなく女の子が現れた。

 友里を翔真から引き離し、少女に突き出した。


「この子連れてくれば願い叶えてくれるんでしょ」


「茉実」


「蒼汰くんは黙ってて」


「そうだ」とルルちゃんは頷いた。


 翔真が友里の腕を掴み怪訝な顔をした。


「どういうことだ」


 翔真には友里が品物だとは言っていなかった。近々砂浜の掃除が行われるからまだ見つかっていない花蓮さんのスマホが見つかるかもよと告げた。


「友里はいけない子だ。だから罰をあたえなければいけない」


 ルルちゃんが手を友里の頬に添えている。


「ごめんなさい。壊してしまったもの元に戻しますから」


「何の話してんのか全く分かんねえんだけどバツってなんだよ」と翔真が聞いた。


「ルルちゃんが魂を食らう。そうすると力も戻り自由になれるからな」


「そんなことさせるか」


 翔真は友里を守るように引き寄せた。


「ふーん。お前の願いなんでも一つ叶えてあげるとしてもか」


 彼女を抱きしめる力が弱まった。

 不安げに友里が翔真を見上げる。


「翔真?」


 ルルちゃんはもう一度、翔真でも理解できるようにゆっくりと言った。


「友里を差し出した、ここにいる誰か、一人の願いを叶えてやる」


「私が連れてきたんだから私に決まっているじゃない」

 と茉実が一歩前に出ると、翔真は、友里をルルちゃんの方へ突き飛ばして言った。


「何言ってやがる。こいつは俺がいるからここに来たんだ」


 友里は転び、翔真を振り返った。


「翔真君……」


「気安く名前呼ぶんじゃねえ。言っとくけどな、あの時助けたの俺じゃないから。花蓮だから。あんな上等な女殺しといてよく俺に近寄ってこれたよな。比べ物にならない。お前は次のいい女が現れるまでのつなぎだよ。お前ん家、金もあるしちょうどよかったんだよ」


「そんな」


 ルルちゃんは笑っていた。「あー楽しい」


「これはどうだ。今からここにいる三人で殺し合いをするのは。買ったやつが願いを言える」


 翔真はすぐに承諾した。あのカフェでは蒼汰君が打ちのめしていたけど、今は——と彼の顔を見るとあの時のような怒りは感じられなかった。私たちに勝ち目はない。翔真以外が気を落としているとルルちゃんは面白くなさそうに言った。


「んー、それじゃあ、結果がわかったものか」


 あっ、とルルちゃんの目がまた輝きだした。何かいいことを思いついたようだ。


「お前らそれぞれ願いを言ってみろ。一番面白そうなものにする」





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