第13話

 懐かしい潮の香りが僕の鼻をくすぐる。

 砂浜にそれはあった。スマホの裏に入れているステッカーでこれが花蓮のだとわかった。部屋にも同じキャラクターものが飾られていたから。


 花蓮のスマホの画面は割れていた。その割れ目の中心に白い小さな花が咲いていた。

 電源はつかないし完全に壊れているがこれからメッセージが送られてきていたのは疑いもない事実だ。


 花をもぎ取ろうとした時、

「――それ取ったら散っちゃうよ」

 と後ろから声がした。振り向くと幼い女の子がいた。


 冬が近づいて来ているというのにその子は半袖で丈の短いワンピースを着ていた。その子の前髪にお供えされていたはずのくまのヘアピンが留められていた。

 それをじっと見ていると、えへへかわいいでしょ、と誇らしげに笑った。


「どういうことだ」


 僕がそれに応えずにそう言うと、少女は頬を膨らませて不機嫌そうに言った。


「生贄のくせに歯向かってくるからそこに閉じ込めておいたの。あなたはその女に言われてここまで辿り着いたんでしょ」


 頷くと、やっぱり、とヘアピンに手を当てながら、これはその女が私の物であるというしるしと言った。


「あの神社か」


「そう。衰退していた喜雨きう様が生贄たちのおかげで力を回復しつつあるの。私はそのお手伝いをしているんだ」


「生贄?」


「叶えたい人の念と物に含まれるエネルギーを使って邪魔だと思われている人を代わりに消してあげてるの。全員の願いは叶えないよ。私がチョイスして気に入った人にだけ」


 信じていいものかわからないが、これまでのことと目の前にいる少女の姿を考えるとあり得なくもない話だ。


「花蓮の場合もそうなのか。でも死んだのは他の女だった。周りは花蓮だって思い込んでいたけど」


「ふーん。あなたには効かなかったのね。あの子のことよっぽど愛してるんだ」


 僕が花蓮を愛している?

 彼女の魅力は十分すぎるほど感じているし、それにやられて体にも異常が出る。でもそれが愛しているということになるのかがわからなかった。


 首を捻り「んー」と悩む僕を見て、少女は呆れたように「そういうのって考えるも

のじゃないよ」とため息をつき、話を進めた。

 

「あの死体は私が用意したただの生モノ。花蓮じゃない。生贄になった人はこの世から抹消されて元からいないようにするんだけど、友里とか言う女が、喜雨様が休んでおられるあの神聖な場所で暴れたから花蓮のことを消すのは一旦保留にしたの」


 友里は願いを取り消してもらいたくてヘアピンを返してもらいに行ったって言っていたがあれは僕からの同情を得るために言ったことだったのか。

 花蓮は失踪してから二年以上後に亡くなった。


「早く結果を出せって。生贄の子が逃げ回るから捕まえるのに少し時間かかったけど、そんな生意気な女の言うことは聞きたくなくてね。すぐに消し去ってやってもよかったんだけどそれじゃあ、癪に障るっていうか。だから願いが叶ったようにみせかけておいて、幸せ絶頂の友里を消そうと思って」


 花蓮の代わりに死んでもらうことにしたの、と少女は嘲笑った。

 ゾクリとした。この命も少女に握られている気がした。


「かわいい子の顔をあげて死んでいくのはイヤだから友里の姿で花蓮として死んでいくの。徐々に友里という名前の子の存在が消えていくの。ユリの顔をした花蓮だけがみんなの記憶に残っていく。急に変化が起きると上手くいかないからこういうのは違和感を残さないくらいゆっくりと進んでいくの」


 だから二年もの歳月が必要だったのか。


「じゃあ、花蓮はどうなるんだ」


「あれはあれで献上する」


「なぜだ」


「気に入ったから」


 少女は含み笑いをした。花蓮をこの子から救う方法は何かないのか。


「でも友里の方を先に始末したくてね」


「とっととやればいいだろ」


 友里がどうなろうが関係ない。むしろ、罰を与えてほしいとも思っている。


「もうみんなの記憶には花蓮の顔は残っていないから友里捕まえて喜雨様のところに献上したいんだけどね……。ねえ、協力してくれない?」


「自分でできるだろ。今までもそうしてきたんだから」


「私、今ここから動けないの」


 確かに少女はそこから微動だにしていなかった。女の子の足元を見ると、砂浜にくるぶしの上まで埋まっていた。

 どうやら花蓮を閉じ込めるのと、花蓮と友里を入れ替えるので相当の力を消耗したせいでそうなったらしい。姿を見せて喋るのがやっとだそうだ。


「友里をここに連れて来てくれたら、引き換えに君の願い叶えてあげてもいいよ」


「僕の願いは花蓮を生き返らすことだ」


「考えてやってもいいけど」


「絶対だ。できないならやらない」


「わかったよ。元に戻してあげるから」


「お気に入りなのにいいのか」


「ええ。あの女の苦しむ顔の方がみたいからね」


 でもね、それには問題があるの、と視線を落として言った。


「花蓮、いなくなっちゃったの」


「閉じ込めていたんじゃないのか」


「そうだったんだけど、私の力が弱まっていたからその隙に逃げちゃった。それも全部友里のせいだけど。あの女が暴れたせいで」


 スマホを指さし、

「そこに閉じこもってたんだけど。いなくなっちゃった。でもまだ繋がっている。その花が花蓮の命がまだあるってこと」


「花蓮が亡くなってもう二年は経っているぞ」


「その花もあと二週間くらいで枯れちゃうかな。そしたら花蓮は自然とあの世行き。あなたの願いも叶えてあげられなくなる」


「あんた……何者なんだ」


「ルルちゃんです。魂のお迎えをしています」


 急に形式ばった言い方をした。


「死神か?」


「そんな野蛮な人たちと一緒にしないでよ。あの人たちは地獄に行く人を狩っていて、私は健全な魂を見つけて喜雨様に献上しているんだから」


 僕にとってはどちらも同じことだった。花蓮がいなくなることに変わりはない。


「彼女を助けたかったら友里をここに連れてきなさい」


 花蓮のスマホを持っていこうとしたらルルちゃんがそれを許さなかったが彼女はそこから動けないし力もないため勝手に持ってきた。



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