第12話

 ここから少し離れたところにその海がある。

 電車に揺られながら当時の出来事を振り返っていた。


 小学生の頃のあの事件があった後の夏休みに花蓮の家族と僕の家族で海へ行った。

 流された浮き輪を二人で取りに行った時、親から少し離れたところで花蓮から腕を引っ張られてキスをされた。軽く触れるようなキス。

 驚いて花蓮を見ると恥ずかしそうに目を逸らし言った。


「この前のお礼。一応助けようとしてくれてやってくれたことだから」


 僕たちはあの事件以降ギクシャクしていた。


「これがお礼なの?」


 お礼と言ったら、何か物をプレゼントするとかではないか。不思議に思ってそう聞くと花蓮は顔を真っ赤にさせて怒った。


「学校一の美女と言われている私からのキスなんだからね。もっとありがたく受け取りなさいよ」


 自覚があるのか。それを言っても自慢に聞こえないところが彼女の性分だろう。浮き輪をもぎ取り荒々しい足取りでみんながいるところへ戻って行った。


 一人になり、口に自然と指がいった。たった今されたことを思い返す。唇のやわらかくて少し湿った感触、温度がリアルに思い起こされ心も体も火照っていった。


 花蓮の迫って来る唇を思い出すと心臓の鼓動が全身で脈打っている感じになる。顔も赤くなっているだろう。花蓮に見られたらきっとからかわれる。僕は頭まで潜り体を冷やした。


 この時初めて花蓮が他人だと認識した。家族のようなものだと思っていたが違った。花蓮は女の子だった。


 それから僕は花蓮を意識するようになった。柔らかくて滑らかな肌。大きな目に愛くるしくコロコロと変わる表情。屈託のない笑顔。いつもまっすぐで嘘がつけないところ。どれもが僕を魅了した。


 女子はほかにももちろんいたが彼女以外の子は女子に認定されなかった。あんなことしてきた花蓮も僕をそう思ってくれていたらいいが、それは願望に過ぎない。


 これが恋と言うのだろうか。だとしたらさっきの『そう君って人を好きになったことある?』という花蓮からの問いに『イエス』と答えるべきだったかもしれない。でもその答えはなぜだかしっくりこなかった。


 花蓮には彼氏がいた。彼女を彼氏から奪いたいとは思わなかった。彼氏と楽しそうにいる花蓮を見るのも嫌ではなかった。彼女が愛する人から愛されているのは幸せなことだ。ずっとそうあってほしいと思っていた。


 だから翔真のことは許せなかった。花蓮を傷つけるものは男だろうが女だろうが絶対許さない。同じくらい、いやそれ以上に傷付けないと気が済まなかった。


 あの時、止めてくれなかったら僕は翔真のことを殺していたかもしれない。友里と二人でいた時も怒りはあったが、茉実にしてしまった傷、彼女の涙が僕の中で荒れ狂う猛獣を静めてくれた。子供のころは気づかなかったが、大人になってわかった。僕が誰かを傷つけると、大切に想ってくれている誰かの心を傷つけることを。

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