第10話
街路樹の色づいた葉が二人で追いかけっこするように風に舞っている。どちらが先に下に落ちていくかを競っているのか、それともどちらが上へ行けるかを競っているのか。僕がその一枚の葉だったらきっと前者だろう。もう一人は——、一人顔が浮かんだ。あの人はきっと後者だろう。
友里が学校を終えて出てくるのを待った。何時間もいても怪しまれないようにパソコンで勉強をするふりをしてコーヒーチェーン店で待機していた。
彼女はいつもここの前を通って家に帰る。何度か下見して調べておいた。ただ、見かけた時に何度も声を掛けられなかっただけだが。今日こそはと覚悟を決めていた。
彼女はいつもより遅かった。二時間半くらいしてやっと前を通った。荷物をまとめて急いで店を出る。
「友里さん」
今日は茉実がいない。行きたがっていたが授業が入っていたため来られなかった。男一人で近寄るとなると警戒されるかもしれない。
彼女は振り返り、僕の顔を認めるとギョッとしたように駆け足で行こうとする。
「待って。あの話、翔真さんにされてもいいんですか」
ピタリと止まった。
「あなたが花蓮にしたことで……」
たいした情報ではない。知っているのはただあのオンラインゲームで話していた内容だけだ。これで上手く話を聞きだせるかわからないがその前に二人っきりで話をできる状況に持っていけるかだ。
わざと通行人に聞こえるように声を張り上げて言った。
「友里さんでしょ? 花蓮を殺したの」
彼女は振り返った。顔が真っ赤になっていた。駆け足で僕のところへ来て腕を掴まれ、連れて行かれた。僕はなすがままにされるのは得意だ。抵抗せずついて行った。
到着したところは学校から少し離れたファミレスだった。この時間は空いていて客はほとんどいなかった。それでも話を聞かれないようにと警戒して友里は客から離れている席を選んだ。座るなり、ドリンクバーとパフェを注文した。
「あんな恥かかせて……奢ってよね」
「……はい」
翔真といたときのようなお淑やかさは皆無だった。こっちが本当の姿なのだろう。
持ってきたメロンソーダを飲みながら彼女は言った。
「で、どこまで知っているの」
直球だった。うまく誘導して正解に導かせる予定だったのに、これでは僕の方が尋問される方向ではないか。やはり茉実が来られる日にすればよかったと後悔した。
ストローを咥えながら、質問に答えずにいる僕を訝し気に見てくる。
これでは話が進まない。仕方ない、計画とは違うがこっちも直球で返すことにしよう。
「花蓮の葬式の棺の中にいた人物、遺影はあなたですよね」
友里はストローから口を外し、目を見開き、口をパクパクさせている。その口に何
かを突っ込みたくなったがやめておいた。
「――なんで」
やっと出た言葉がそれだった。
「やっぱり……、気になって翔真と話した後、見に行ったんですね」
「みんなはあれをあの人だと思っていた。翔真君も。あなただけ……」
彼女にはあれが自分の顔だと認識できたようだ。上目遣いにこちらを伺うように見てきた。
「それは僕にもわからない」
それと――とオンラインゲーム内で聞いた話を言った。友里の顔が白くなった。
「で、花蓮に何をした」
低めの声でそう言うと友里は身体を縮こませた。
「……私は、翔真くんからあの女を離したかっただけで」
「だから、消したの?」
「えっ……えっと、いや」
明らかに動揺している。高校生相手ならここで軽く脅しておこう。普段の僕だったら軽くあしらわれるだろうが、あの件の後だ。多少効果はあるだろう。もちろんそんなことをする気はさらさらない。
「君顔小さいし柔らかそうだから歯一本じゃ済まないかもね」
指の関節を鳴らし、肩を回した。翔真にしたことの惨劇を思い出したのか友里は勢いよく話し始めた。効果は期待以上だった。
「遊び心だったの。こんなことになるなんて思わなかった」
「そう? 花蓮いなくなってすぐ翔真を落としにかかったよね」
翔真は傷心していた心を友里に慰めてくれたおかげで立ち直り、付き合うことにもなったと言っていた。全て彼女の計画通りではないのか。
「チャンスだと思ったから」
「神様がくれた?」
僕の顔を驚いたように見てそれから視線を落とした。
「……うん。神様じゃなくて違うものだったかもしれないけど」
桃のパフェが運ばれてきた。友里はそれをぼんやりと見つめていた。
「花蓮さんはきれいでかわいくて優しくて完璧だった。私なんかが相手になる人じゃなかった。でもどうしても翔真くんのこと諦めきれなくて、なんとかならないかと思っていたらあるモノを見つけたんです」
それからスマホを取り出し、写真を見せてきた。そこには古びたお社が写っていた。
「私の学校の近くにもう誰も管理していないような古い神社があるんです。気味が悪くて誰も近づきませんが学校である噂を聞いたんです」
両想いになりたい相手の物をお供えすればその人との恋愛を成就してくれるって。
友里は女生徒が面白半分で試したら成功したという話を聞いて試しにやってみることにしたそう。花蓮がこの世に存在している限り、いくら神様でも翔真が花蓮から友里を選ぶなんて不可能だと思ったため、友里は花蓮を翔真の前から消すように頼んだ。
「何をお供えしたんだ?」
「花蓮さんが大事にしていたヘアピンです。子供のころにもらったとか言ってて、使っていなかったからなくなっても気づかないだろうなって思って。家に遊びに行ったときに持ってきました」
「それってどんな形の」
「くまが付いている子供用のものです」
それは、僕が小学生低学年のころあげたものだった。まだ持っていたのか。家族で旅行に行ったとき、お店で見かけて花蓮に似合いそうだなって買っていったものだ。あげたこともすっかり忘れていた。
「しばらくして花蓮さんがいなくなったって聞いたんです。怖くなって取り消しに行こうと神社に行ったんですけどそのヘアピンはもうそこにはありませんでした」
「君は知っているの?」
花蓮の家で見せてもらった昔の写真のことも言った。
「お礼に行かなかったからだ……必ずお礼に行かないといけないって言ってたのに」
友里は両手で顔を覆いわっと泣き始めた。
パフェの一番上に乗せられていたアイスクリームが解けて下に泥たまりを作っている。
「次は私が消されるかもしれない」
自分を抱きしめるように腕を抱えた。
「その神社の場所教えて」
道のりを教えた後、友里は助けてくださいとすがるように言ってきた。僕はそれを一瞥しただけで
「パフェ、食べないなら食べていいですか」
と笑顔で聞いた。
得体のしれないモノでも見るような顔で僕を見つめた後、「どうぞ」と友里は諦めたように鞄を取って肩を落としながら店を出て行った。
僕はパフェを堪能してから店を出て神社へと向かった。
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