第8話

 翔真と友里は約束の時間に三十分ほど遅れてきた。

 それにたいして謝ることもなかった。茉実がなにか言いたげな表情をしていたがここで気を悪くされて帰られたら意味がなくなる。僕は彼女の服の裾を引っ張って止めた。


 翔真がこれあんたらの傲りですよねと確認してから、僕が「そうだ」と応えると遠慮せずに頼んだ。飲み物五杯にパフェ二個、ケーキは全種類にパンケーキも。隣に座っている友里に自分で払うわけでもないのに得意げに「好きなだけ食え」と言った。


 友里はうれしそうに運ばれてくる品々に目を輝かせていた。

 これも想定内だ。僕はさっそく本題に入った。


「花蓮との写真ってまだ持っていますか」


 翔真はちらりと友里のことを見てから言った。


「そんな気味の悪いもん持ってねえよ。全部消した」


「確認させてもらってもいいですか」


「はあ?」


 にらみを効かせてくる。そんなので怯むほど柔ではない。


「消したのなら見てもいいですよね。それともほんとは消してないとか……」


「なに言ってんだ。あいつの写真なんかねえよ。友里との写真もあるんだ。お前らには見せたくない」


「僕、花蓮の葬式の時、あなたが電話してるの聞いちゃったんですよね。花蓮の顔に違和感があったって」


 翔真は顔を強張らせた。

 僕は彼を見ていたが、実際は友里の方に神経を行かせていた。

 彼女は食べる手を止めた。


「そんなこと言ってねえ」


「いなくなる前に一発殴ってそれが自殺の原因だとしたら?」


 彼は舌打ちをした。


「あの時はそう言ったけど、俺が自殺の原因になることはあり得ない。あいつから離れていったんだ。俺に興味なんか初めからなかったんだよ」


「そうですか。なら友里さんはどうですか。あなたにとって花蓮は邪魔だった」


 友里ははっと顔を上げた。僕を怯えたように見つめる瞳が揺れていた。


「おい、なんで友里に。こいつは関係ねえ」


「どうだか」


 相手にしない僕に翔真はイライラしながらスマホを操作し始めた。


「写真ならいくらでも見せてやるよ」


 画像が目に入った瞬間、肌が粟立った。スマホのフォルダに収まっていた写真は全部友里の写真だった。花蓮がまだいた頃まで遡ってみると下着姿の友里がいた。この下着の趣向からしてこれはきっと花蓮だ。

 試しに「これも友里さん?」と聞くと友里は青ざめた表情になった。


「まだ残ってたのかよ」と翔真は僕からスマホを取り上げ消し、友里に念を押すように「もう全部消したから」と画面を見せる。同じ女の顔なのにこの男はなぜ気付かないのだろう。彼女の顔にはまだ血の気が戻っていなかった。


 隣にいる茉実の顔を見ると「ん?」と不思議そうに僕を見つめ返してきた。花蓮のことを知らない茉実には僕と同じように全部友里の写真に見えたのだろう。僕以外の花蓮のことを知っている人物だけ友里を花蓮と認識する。そのうち友里本人も花蓮と認識されないだろうか。


 どうして、翔真は棺の写真を見た時も友里だと思わなかったのだろう。友里の方を見ると小刻みに震えていた。

 これは別日に個別に聞く必要がありそうだ。


「友里さんとはどういった経緯で付き合うことになったのですか」


 何でお前なんかにそんなこと話さなきゃいけねえんだと小言をつぶやいていたが目の前に広がる自分で注文した品々を見て渋々答え始めた。


「友里とこうなったのは花蓮がいなくなってからのことだ。その前から花蓮と三人で食事したりしていたが」


 友里がオンラインで言っていた出会いがきっかけで三人ぐるみで会うようになったそう。


「友里が、花蓮がいなくなって傷心していた俺をなぐさめてくれてたんだ。それで自然とそうなった」


 やはり、この男は何も知らない。友里が何かしたことを。


「花蓮と友里さんの違いはどこですか」


 わざと友里の心を揺さぶるために意地悪な質問をした。


「えーどこって。花蓮は顔。スタイルもいい」

 と嬉しそうに言った。それから友里は——としばらく考えた。


「――っああ。やさしいところ」

 と言い、アイスコーヒーを飲んだ。ストローで吸う音が僕と茉実の間をスッと通って行った。友里は一層小さくなっていった。


「あんたね」


 見かねた茉実が立ち上がったが、僕は彼女の服をまた引っ張って座るように言った。まだ聞くことはあるのだ。茉実はムッとした表情のまま音を立てて座った。


「だって、花蓮ほどの美人なかなか出くわさないぞ。それに付き合えるってなった時、俺は初めて神に感謝したね。女神をありがとうって」


「それなのにどうして暴力を」

 と茉実が友里の方をちらりと見て言った。彼女は長袖を着ていたため判別はできないが顔にはあざはなかったし、翔真に怯えているようなこともなかった。


「あいつゆうこと聞かねえんだもん。それに比べて友里は何でも俺の言った通りにしてくれる」


 一瞬嬉しそうに友里が翔真を見たが、茉実の「ただの奴隷じゃん」と言う言葉にまた俯いた。

 煮えたぐりそうな怒りが湧いてきた。だがまだ聞くことがある。一番大事なことだ。


「花蓮を愛していましたか?」


 男は軽く笑った。


「顔と体だけな」


 もう我慢ならなかった。

 立ち上がり、翔真の胸ぐらをつかんで立たせ、床に殴りつけた。横たわった翔真に馬乗りになり殴った。


 友里の悲鳴が聞こえる。茉実が後ろから押さえつけようとしたがそれも飛ばした。何かに当たった音がする。それでも振り返ることなく殴りつけた。


 こんなに力を持っているなんて思わなかった。その光景を遠くから冷静な僕が見ている。翔真は歯が欠けて、顔が血だらけになっていた。テーブルの上に乗っていたフォークに目が行った。


 それを手に取ろうとした時、男数人に抑えられた。暴れる僕の頬をその男のうちの一人が叩いた。

 

 警察まで呼ばれたが、翔真が大事にはしたくないからと留置所送りまではならなかった。

 

 こんな感情が溢れたのは久しぶりのことだった。心臓がまだドキドキしていて、全身の血や力がみなぎっている。


 警察署を出ると、茉実がいた。彼女は力のない笑顔で迎えてくれた。頭に包帯と頬に大きなガーゼを付けていた。僕が投げ飛ばしたときに机に当たり、頭を切り、頬もその時に擦りむいたそう。


 謝っても謝り切れなかった。軽い怪我で済んだから気にしないでと言ってくれたが自分が許せなかった。溢れていた感情が一気に冷め切っていつもの僕に戻った。


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