第4話

 花蓮は喜怒哀楽が豊かでよく泣く子だった。

 彼氏に泣かされて僕の部屋に来て泣き止むまでなだめる日も少なくなかった。そんなに好きなのかと聞いたら、


「そうでもない」


 としれっとしていた。強がりでそう言っているのではなさそうだった。


「なら何で泣いてるの」


「悔しくて。そう君のこと悪く言ったから」


 そんなことのために目をはらして泣くのが理解できなかった。自分が言われてそうなるのならわかるが、ましてや他人のことなのに。愛想が悪く先輩にも媚びないため周りからはよく思われていないし、浮いていることは自分でもわかっているし、特に直そうとも思っていない。


「花蓮が泣かなくても」


「泣いてんじゃなくて怒ってるの」


 その数日後、花蓮は振られたと笑顔でどこかすっきりした表情で報告しに来た。


「私とは合わなかったみたい。……次付き合うんだったら、そう君みたいな優しい人がいいなあ」


 花蓮は何か勘違いをしている。僕には優しさの欠片もない。カッとなりやすいし、不愛想だ。


「やめといたほうがいいよ」


「何で」


「おもしろくないから」


 僕は大真面目に言っているのに花蓮はツボにはまったのか腹を抱えて笑っていた。


 

***



 僕は大学生になった。

 それなりの学校に行ってそれなりの生活を過ごした。だけどまだ僕の心は隙間だらけだった。それほど花蓮の存在は大きかったらしい。距離を置いていたつもりだったけど、いつも彼女の姿を追っていた気がする。


「蒼汰君、またなんか考え事してた?」


「いや、別に」


「悩み事があるなら相談してほしいな」


 上の空だった僕に気付き茉実まみが心配そうに顔を覗き込んで来た。肩より少し上ぐらいの長さの明るい髪がふわふわに巻かれセットされている。アーモンドアイの茶色かかった瞳が僕をとらえていた。


 茉実とは同じサークルの飲み会で意気投合して付き合うことになった。今日は僕の部屋で、二人で映画を見ていた。返事のない僕に彼女は肩に頭を乗せ、腕に巻き付いてきて手をマッサージでもするようににぎにぎしてくる。腕は必然的に彼女の胸に挟まれていた。

 

 僕はぼんやりと流れている映画を見ていた。ちょうど主人公の恋人がゾンビ化して、彼女を襲っているところだった。茉実が腕から離れ胴体に抱きついてくる。ゾンビも女を抱き寄せ、かぶりつこうとしている。僕も茉実に肩をかぶりつかれた。


 肩を少し引っ込めたがそれ以上は何もしてこないのに嫌気がさした茉実が怒った顔で、唇を重ねてきた。それに僕も応えた。


 僕にとって初めての彼女だったが、好きかと問われると何と答えていいのかわからない。茉実と居るのは楽しいが、心の空白を埋めてくれるほどではなかった。

 でも彼女は僕の穴を埋めようと求め続けてくれる。




 茉実がはまっているオンラインゲームに無理やり参加させられることになった。

 そこには同じ高校だった人や同じチームではないが翔真もいた。もしや、あの友里もいるのでは、となると俄然とやる気が出て、茉実がログインしていないときでも積極的に捜し歩いた。


 そんな時、友里がどこそこにログインしたと情報が入り向かった。人付き合いは苦手だったがオンラインは割と平気で、地道に仲間を作っておいて正解だった。


 そこには猫耳と尻尾をつけた可愛らしい服装の女の子のキャラクターが二体いて、二人で話をしていた。僕は目立たないように隠れて様子を伺った。


「彼氏とどうやって知り合ったの?」


 と頭に大きなリボンを付けた子が尋ねた。


「運命的に」と紫のドレスを着た黒髪の子が答えた。たぶん、こっちが友里だ。彼女は長い黒髪が印象的だったから、キャラクターにもそれを反映させたのだろう。


「なにそれ、ちゃんと教えてよ」


「へへへ。ぼんやりしてて赤信号なのに渡ろうとしていたところを後ろに引っ張ってくれて、あぶねえだろって怒ってくれたの」


「それで好きに?」


「うん、そう。王子様に見えた」


 あいつのどこが……とつい言いそうになったが堪える。


「でもめちゃくちゃ奇麗な彼女がいたって言ってたよね」


 花蓮のことだろう。二人が付き合っている時に出会ったのか。


「うん、いた。だから消した」


 ――は?


「え」


「へへ。冗談だよ」


 冗談、とは思えなかった。表情の乏しいキャラクターが喋っているのを見ているからそう思うのだろうか。


「びっくりした。友里ならやりかねないから」

「何よそれー」

「だって一度好きになると周りが見えなくなるでしょ」

「恋ってそんなものだよ」

「友里の場合は異常だよ」

「ひどーい」

「でもまあよかったね。上手くいって」

「うん。神様が味方してくれたんだ」

 


 友里がなにかしたんだと確信に変わりつつあった。

 翔真は友里のことを前から知っていた。葬儀の時の写真を見て何か思わなかったのだろうか。


 そう言えば――、違和感があるって言っていたような。

 直接話を聞いて確かめなければいけない。あれから花蓮から連絡は来ないし、送ったメッセージも既読にならないけど、彼女は今もどこかで生きている。そして誰かから狙われている。


『見つかった』とは言っていたけど『捕まった』とは言ってない。そこに望みをかけることにした。彼女を見つけて救う。それができるのは僕しかいない。



 自分の交友関係の狭さと、コミュニケーション力の乏しさに限界が見えてきたため、茉実に相談することにした。茉実は明るくて友達も多く、そういうことに長けている。それに今一番信用できるのは彼女だと思った。    


 茉実は僕の話を静かにうなずきながら聞いてくれた。一通り話し終えると、しばし熟考してから口を開いた。


「摩訶不思議な出来事だね。もしかしたらその花蓮さんって生きていたりして」


 茉実は僕の空想で片付けられてしまうようなこんなヘンテコな話でも茶化すことなく受け入れてくれた。味方が一人できたようで心強かった。


「僕もそう思う」


「んー、花蓮さんの家に行ってみたの?」


 それは花蓮がいなくなって真っ先にしたことだった。


「失踪する前に一度行ったよ。変わったことはなかった」


「家族写真とかは?」


 ハッとした。花蓮の部屋に彼女が身を隠すため行きそうなところの手掛かりが残っていないかとだけを注目して見ていて、一番大事なことを見逃していた。


「葬儀での花蓮さんが別人だったんだよね? 写真も」


「うん」


「じゃあ、今までの写真はどうなのかなって」


 微かな希望が見えてきた。過去の写真はさすがに変えられないはず。その証拠を元に花蓮の両親に聞いてみれば何かわかるかもしれない。

 僕の表情が明るくなったのを見て茉実が微笑んだ。


「ねっ、相談してよかったでしょ」


「うん、ありがとう」


 こんな簡単なことをしていなかったなんて、冷静でいたつもりだったが、そうではなかったようだ。茉実はこの件に関与していない。地元が全く違うし、花蓮のことも知らない。だからこそ新しい目線で物事を見られる。


「私も一緒に行くから」


「一人で大丈夫だよ」


 巻き込まない方がいいと思った。茉実にも危険が生じるかもしれない。だが彼女は譲る気はないようだ。


「蒼汰君が気付かないことにまた気付くかもしれないでしょ」


 確かに、それはある。ダメだと言っても茉実はこっそりと付いてくるだろう。それなら初めから一緒に行った方がいい。


「わかった」


「それに花蓮さんの顔も見てみたいし」


「見てどうすんの」


「んー……興味あるだけ」


 と言い、茉実は僕に飛びついてきた。踏ん張り力がないためそのまま押し倒されてしまった。



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