第10話 人間は一人一人がそれぞれ自分の時間をもっている。

放課後、定例となった公開告白ショーだが放課後前の授業が気持ち悪かった瑞希は、生徒指導室の大竹先生のもとにお茶を飲みに来ていた。


「先生、聞いて下さいよ。美術の仙賀先生が人物画のデッサンで私を自分のモデルに指名してきたんですよ。確かに仙賀先生の絵は手本になるくらい素晴らしい絵でしたが授業中の気持ち悪い視線がぁ~、あぁぁ思い出しただけで鳥肌が立っちゃう。気持ちわりぃ~」大竹先生相手に愚痴をこぼし、スッキリしようと思ったが思い出して、また気持ち悪くなった。


「橿原、ここは喫茶店じゃあないからな、この前も弁当食いに来てたし、確かにまた来いよとは言ったけどな。でもお前いつも大変だな。今度は仙賀先生に目を付けられたか同情するよ。後、放課後の校門でのイベントな」


「同情してほしいわけじゃあないんだけどな、(少し声を潜めて)あの先生ってなんか問題行動を起こした的な事ってありますか?」と大竹先生に聞いた。


「今のところ特に問題はないが、三年の神崎彩月も、一年の時にお前と同じ事を相談に来たな」


「ゲッ、神崎会長もですか。彩月さん苦手なんだよな。生徒会に入れられそうだし」


「橿原、生徒会に入るのか。一年で生徒会に入ったら委員会と掛け持ちになるから大変だぞ」さすが大竹先生だ、しっかりアドバイスをしてくれる。


「入る気が無いんで、メリットの話もデメリットの話も聞いてなかったんですが、よくわかりました。また、亜沙美に会いに行きますのでよろしくお願いします」

大竹先生と話をして落ち着いたので、礼を言って帰ることにした。



校門前、いつもの風景、山上実業高等学校の生徒会長、墨田麻生が待っていた。


「橿原さん、今日は遅かったですね。みんな待ってますよ」と言ったので周りを見てみると、よく知ってる顔と同じ制服を着た生徒が五名こちらを見ていた。


「あの人が要のお姉ちゃん。すごく綺麗」「ほんと、流石姉妹ね、似てるわ」「私、知ってる。動画に出てる人だ。要に似てるなって思ってたんだ」「今度、お姉さんの居るときに要んちに行っていい?」って聞こえてきた。


「橿原さんの妹さんですか?」私に確認を取り首肯すると、今度は妹たちの方を向き墨田麻生が挨拶した。


「山上実業高等学校の生徒会長、墨田麻生と申します。初めまして、橿原瑞希さんの妹さん。お姉さんにはいつもお世話になっております」と妹に向かってとても丁寧に優しい笑顔で言った。


年上のしかもイケメンの生徒会長の挨拶に要と一緒に来ていた友達は顔を真っ赤にして照れていた。


「山上の会長さん、私の妹に手を出さないでくださいね。本気マジで殺しますよ」そう言い放ち殺気を込めた目で睨みつけると会長を含め要も友達もビビっていた。


「橿原瑞希さんの弱点を見つけた気がしますね。私に対する態度もいつもと違いますし、今日の橿原さんは完全に姉の顔だ。昨日、神崎会長と一緒に来て時とは全く違う」墨田麻生は瑞希をそう判断した。


「そうね、妹がここに居る以上、私は姉としての顔をするのは当り前じゃないですか、いつもの掛け合いが見たくて来てる方々には申し訳ないですが、今日は早々に帰りましょう。会長には少し聞きたいことがあるので後で、そうですね一時間後に、こちらに来ていただけますか」と言って駅前のカフェの名刺を渡す。

「解りました。一時間後にこのお店に伺いましょう」いつもならデートですねとか言いそうなのにおチャラけた様子もなく、まじめな顔でそう言って帰って行った。


「お姉ちゃんごめん、なんか雰囲気壊しちゃったみたいね」要が謝ってきたが

「別に私が山上の会長に会いたいわけではないのでいいよ。それより、友達とこれから遊びに行くの?それとも一緒に帰る?」とほほ笑むと「一緒に帰る」と腕に抱き着いてきた。


意外と腕に伝わる要の胸の感触は柔らかく、血は争えんなと思った。


そんな要の女性らしい成長に喜びつつ家に向かいながら話をする。


「要は私に会いたかったの?それとも山上の会長に会いたかったの?」


「そんなのお姉ちゃんに決まってるよ。友達はどっちも見たいって言ってたけどね」


「じゃあ、良かったんじゃない会長の顔アップで見れたから」とクスって笑うと


「あれはすごかったね。私に挨拶するくらいで“どんだけぇ~”って思ったよ」


「あの人そういうとこがすごいらしいよ」この後、山上の会長に会って真相を聞く。

そう思うと少し憂鬱な気分になる。


家まで帰る間、要は珍しく私に甘えてきたので、久しぶりに頭を撫でてやった。

(前回、男だった時の小学生時代以来か、さすがに兄妹というのは思春期には疎遠になるもので、十五年以上前くらいにはなりそうだ)


つやつやの髪に癒されて、思わず抱き着いてしまったが、要はくすぐったそうにするだけで案外嫌がらない。(姉妹だからできるスキンシップだな。姉でよかった)


美咲に抱き着いた時とは違った癒しがある。




制服から着替えて、再び家を出た。


目的の場所は駅前の『カフェ菰田家こもだや』山上の会長と待ち合わせている店だ。


家に帰って着替えてくるのに、一時間と余裕をもって設定したが、要と話しながら帰った結果、結構ギリギリになってしまった。


店に入って見回すと窓際の席に山上の会長、墨田麻生がすでに座って待っていた。


遅れたことを誤ると、まだ時間じゃないから気にするなと言われ不覚にもドキッとした。(いつもの墨田麻生じゃないな。生徒会長モードか)


席に座り生絞りレモンソーダを注文して会長と対峙する。(いや、対峙じゃないか)


とにかく向き合って、さっそく真意を聞いてみた。


「墨田会長、校門で私を待ってるのって、あの三人組から私を守るためですよね。公開告白は目立つため、そうでしょ」と墨田会長の目を見る。


「さあ、何のことでしょう。僕はあなたが好きだからしていることで、それが守ることに繋がるのであれば結果オーライで僕の意図するところです」嘘は言ってないようだ。


「それでも、私の為に貴重な時間を使うことは気の毒なんです。それと、あなたのイメージが私と係ることで変わる事が悲しいです」


「人間は一人一人がそれぞれ自分の時間をもっている。そしてこの時間は、本当に自分のモノである間だけ、生きた時間でいられるのだよ」


「ミヒャエル・エンデの『モモ』?」


「そう、僕の時間を僕が好きなように使う。橿原瑞希、決して君の為に使っている訳じゃないよ。それに、君が感じる僕も、他の誰かが感じる僕も、当然、中身は僕なんだ。君がどう思おうがね、イメージなんて人それぞれ持っている者が違って当たり前だからね」


「時間はきっと一種の音楽の様なものなの。いつも響いているから人間がとりたてて聞きもしない音楽。でも、私は時々、聞いていた気がする。とても静かな宇宙のような音楽。あの音楽は遠くから聞こえてきた気がするけど、でも私の深いところで響きあっていた。水の上に風が吹いて起こるさざ波みたいに」


「それも『モモ』の一文だね、君が感じる時間は音楽の様なもの、僕が感じる時間は空気のようなもの、どちらもあって当たり前、なければ困る。じゃあ、ミヒャエル・エンデ風に言うと“僕は君の時間が好きなんだ。だから君の時間を僕にくれないか”」


「時間泥棒ね、結局あなたはそう言ってごまかす。私を口説いている風に見せかけて……、でもいいわ、今だけは口説かれてあげる。私の今をあなたにあげる」そう言って満面の笑みを墨田麻生だけに見える角度で見せた。


(これが、あなたに貰った時間の私なりの感謝の気持ち)


その日、墨田麻生の橿原瑞希に対する気持ちは義務的な好意から本気の好きに変わった。




----------------------------------

天成学園の美術準備室、イーゼルスタンドにたてられた一枚の絵、授業中に描かれた橿原瑞希がモデルのデッサンだが、なぜか裸体の橿原瑞希の画に換わっていた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る