第37話 え?横浜に?
母たきの薫陶を受けてか日頃女給たちとは挨拶程度しかしない邦子だったが、異人風情のあるお島には目が引かれていて、ましてあの一件以来つとに気にはしていたのだった。お邦に関しては姉が今同様に以前に家に連れて来て相談に乗った誼(よし)みで懇意にしていたのである。「すみませんね、邦子さん、こんな話をお聞かせして…」改めて邦が恐縮するのに「いや、いいですよ。それより先を聞かせてくださいな。あの綺麗で純なお島ちゃんが、長吉なんかに…ねえ、姉(ねえ)さん」と義憤を禁じ得ないかのように云う。それに「ええ、そうね…しかしまさかそんなことに…今から思えばさもやありなんことでした…それで?その後お島ちゃんはどうなりました?」一葉が改めて聞く。「はい、でも島ちゃんがあたしに云うのには、決して身体は許さなかったそうです」と2人の剣幕を収めるかのようにまず云ったあとで「抵抗して声を上げようとしたら旦那が諦めたと」「まあ、よかった」と邦子。「それでも長吉が引き下がりますまい。そのあと何か沙汰をしたでしょ」と一葉が勘のいいところを見せる。「ええ、そうなんですよ。姉さん感がいいですねえ」さきほど同様目を丸くして感心したあと邦は「〝おめえみたいな女郎にもなれない女(あま)なんざ、置いとくわけにや行かねえ!おっつけ奉公先を変えてやるから、そう覚悟しとけ!〟って云ったとかで、たいそうな怒りようだったそうです。それでそのあとお蔦婆さんから聞いたところではどうも旦那、お島ちゃんをどこかへ身売りするみたいで…」「身売りって、どこへ?まだそこまでは判らないわけね?」「いいえ、それが横浜だそうです」「え?横浜に?」と絶句する一葉。
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