第36話 お島を手籠めにしたですって?!

それを拝むように受け取りながら邦は「ありがとうございます、姉さん。このお礼はまた今度必ずさせてもらいます」と云って袂にしまってから「でも姉さん、姉さんでもあたしと同じような目にお遭いになったんですか?まさか…身籠りとかなさって?…」と聞くのに「いえいえ」と思わず顔の前で手を振ってから「私は初(うぶ)でなかなかそこまでは…」と一葉は我が身への言及をはぐらかす。しかしその顔がなぜか赤いし、一瞬でも妹邦子を見た様子だ。一葉は話を変えた。「ところで邦さん、あの子、お島ちゃんはどうなさってるの?この頃なかなか表で顔も見ないけど」と聞くのに「そうそう、それですよ。それを少しでも姉さんに伝えたかったんですよ。お島ちゃんもあたしに時々〝一葉さんに会いたい〟なんて云いますしね。いえね、この前の姉さんとの一件以来長吉の旦那がお島ちゃんを店に出さなくなって、もっぱら厨房仕事に使うようになったんですよ」「まあ、それなら却ってお島ちゃんにはいいんじゃないの?」と一葉。しかし邦はこのあとのっぴきならぬ島の事情を云うのだった。「ええ、そりゃまあ客に絡まれることはなくなったんですけどね、長吉の旦那が…」「長吉がどうなさった」と膝を乗り出し気味に聞くのに「ええ、直接見たわけじゃあないですけどね、みんなが噂するのには…どうもお島ちゃんを手籠めにしたとか」「手籠め?」一葉が気色ばむのに気圧されたように「は、はい。なんでも旦那がお島ちゃんをそろそろ一人前にするとかで、店が引けたあとであの子の居室に夜這いしたとか…」「まあ!」とここで声を上げたのは妹の邦子の方だった。

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