第24話 金策を巡らす一葉

剣呑になったらどうするの?まあ、わたしが取り繕ってはおくけれど…」とこんどは自らの剣幕を霧消させるような笑みを浮かべてみせる。それを確認したかのごとくに妹の邦子が「おっかさん、平気よ。お姉さんはお隣のお姉さんたちと懇意だから。なにかあってもみんな味方してくれるわよ」とようやく姉の側に立ってものを云う。母のカミナリが続いている間はずっと台所に立って無言で夕食の支度をしていたのだった。その発言のタイミングのよさに母と一葉が思わず顔を見合わせて微笑んだ…。

 その邦子のいじらしさと要領のよさを思い出しては寝床でひとり微笑む一葉。しかしそれにしても…と一葉の不安と無常感はなおも続く。歌子先生からお金を借りることはできなかったし、文学界からの原稿料にしたってとてもわたしたち3人の生活を支えられるような額ではない。場所柄からしてもまた先生への手前からしても、本来ならとてもできる筋合いではないけれど、思い切ってここで歌塾を開いてみようか…とも思うが踏ん切りがつかない。良家のお嬢様方がいかがわしい、こんな新開地へなど来るものかと自嘲さえしてしまう。堂々巡りの末にまたしてもあの男…と一葉は思いを巡らす。あの日、誰の、なんの紹介もなく、前々の住まいだった菊坂旧居のすぐ近く、湯島三組町30番地で顕信術会という看板を掲げていた男の家に押しかけては、いきなり1000円(いまの額で1千万円)もの借金を申し込んでみたのだった。かかる無謀、無知蒙昧のほどはよくよく心得ていたが新聞に載っていた彼の広告を見れば、その類の額が臆面もなく書き連ねてあったし、錬金術のごとくに金がたまるとも記されていた。

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