第三章 久佐賀義孝
第23話 ふけてさやけきこほろぎのこゑ
‘さびしさもまぎれなくこそなりにけれ更(ふ)けてさやけきこほろぎのこゑ’
―by 樋口一葉
寝床に伏す一葉の耳に虫の音がつたわってくる。気持ちのせいだろうか風流などとは感じることはない。まるでいまの自分と家族のみじめなありさまを告げるかのような、いかにも心もとない、そして悲しげな鳴き方をすることよと思うばかりだった。横に並んで伏す母と妹はすでに寝息を立てている。夢の中で2人はいったいどんな世界に行っているのだろう。この意気地のない、頼り甲斐のないわたしという戸主のために、2人にかけねばならない苦労を思うと一葉は居たたまれなかった。母上よ、お許しください、妹よ、あいすまぬ、生活力のない姉を許しておくれ…と詫びながらも、なおかつ仕出かしてしまった今日の失態を一葉は枕辺で思い浮かべるのだった。お島を返したあと母たきは「なつよ、ここに座りなさい」と一葉を呼びつけた。正座して平あやまりする一葉に「なつ、いったいおまえは何を考えているんだえ。わたしたち3人の食い扶持さえ儘ならないのにその上…あの隣の娘はなんなの!?何があってこんなことを仕出かしたのか、それを云いなさい!」と決めつけた。さきほどの「お母さんは黙ってて」の威勢はあとかたもなく「はい。実は…」と一部始終を釈明してみせたあとは、ただうつむきながら母の叱責を堪え忍ぶばかりの一葉だった。ひととおり問責したあとで母たきは「まったく…なつよ、おまえの気性はよくわかっているけどいい加減にしておくれよ。お隣との付き合いというものもあるんだからね。
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