第3話 こぶつき女工

9時になれば1人のアメリカのご婦人が茶場にやって来て、お島のような幼子を始め子供たちをあずかってくださるのだった。そのまま終業時まで面倒をみてくださる。間の子のお島を特に可愛がってもくれお春にとっては神様とも拝みたいご婦人だった。名をバラ夫人と云い、1873年にアメリカの外国伝道協会から派遣されて横浜の同国ミッションホームで教師として働いていたのを、夫J・Cバラとの再婚を機に所属もアメリカ長老派に移り、かねてから目に余っていたお茶場の子供たちの為に学校(兼保育園兼託児所)を造設したのだった。室温40度を越えるだろう作業所内であっては幼児にはむごすぎる。背中のお島が気になって仕方がなかった。しかしその一目で間の子と知れる背中のお島を見ては、他の女工たちの作業中の悪口まで聞かされる。

「あれ見なよ、あの茶色い髪の女の子。あの女、羅紗緬だあね」

「羅紗緬なんぞであるもんかね。おおかたチャブ屋の飯盛り女あたりが、毛唐に身ごまされたんだろうよ」

しかしようやく九時となり中国人監督に手で合図を送る。作業釜から一時離れてバラ夫人のもとに連れて行くのだが「こら、チャブ屋、はよ戻れよ。たいたい(大体)コブ連れて来るな」と中国語訛りで大声で嫌味を云われる。女工たちがいっせいに笑う。しかしむずがって泣くこともない、母親の手付きを無邪気に真似しては背中で微笑んでいるお島のためにと、お春は唇を噛んで毎日を堪えていた。もとは武州の零細農家の娘で困窮した両親が村に来た女衒屋に、横浜慰留地における外人専門の遊女として売り渡したのである。

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