第2話 羅紗緬から再生茶工へと
横浜で羅紗緬を稼業にしていた母親のお春が身ごもった子であり、現地妻の感覚でしかなかった父親が日本での赴任の用を終えると妻子を残してさっさと帰国してしまい、子持ちとなったお春は羅紗緬への蔑視もあって遊郭に勤めることもままならなくなってしまった。その挙句以前の稼業とは似ても似つかない、横浜慰留地におけるお茶場(※欧米の事業家たちが慰留地に建てた製茶再生工場の呼び名。多くの日本婦人たちがここで女工として働いていた)で再生茶女工として働くに至ったのである。朝の3時に起きては幼いお島を背に負ぶって横浜公園に向かい、そこに来る仕事士のもとへと他の女たちとあらそっては駆け寄り、再生茶女工の日雇いの仕事に就くのが毎日だった。日銭は天保銭で13銭から16銭、朝7時から夕方5時までの仕事で、その間ずっと室温40度を優に超えるだろう、茶塵がもうもうと立ち上る劣悪な作業棟の環境の中で、100人以上の他の女工たちに混じって働かねばならなかった。直径60~70㎝、高さ70㎝くらいの、熱い湯が充たされた鉄釜に手を入れては原茶を撹拌するのである。中腰で一日中立ったままの仕事で、少しでも手を抜けば容赦なく中国人現場監督の叱責の声が飛んで来る。汗びっしょりとなり終業時には手と云わず顔と云わず肌が青茶色に染まってしまう。女性としては比較的高額だった日銭が得られるのでなかったらとてもやれない仕事だった。それのみならずまだ3才でしかないお島を2時間後の9時になるまでは背に負ぶったままで働かねばならない。腰への負担もあったが何よりそのお島が心配だった。
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