一葉恋慕・明治編

多谷昇太

第一章 お春の一生

第1話 お春の葬式

「おや、お島さん、お帰りかえ。このたびは御秋霜ざんしたねえ。おっかさんもこれで御昇天されたわね」銘酒屋のやりて婆お蔦がほとんど愛想程度の口ぶりで弔い帰りのお島をなぐさめる。「はい、どうも。このたびは…」やつれ切った表情でお島が返すのに「(葬式)組の者たちに余計な心付けなどしなかったろうね。とうに女将さんが払っているんだからね。あんたのことだからおっかさんへの思い入れのあまり…」「ふふ、心付けしようにもお足がござんせん」そう放心気に云うお島は年の頃十七、八。背はふつうよりも高く目鼻立ちはいかにも日本人離れしていて、こころなしか髪の毛も茶色がかっている。いたって異国情緒のある娘である。しかしその鬢もほつれ毛も普段から手入れをしていないのか、だらしなく伸びたままで、だいいち結った髷からしてその年令に、また場所に似つかわしくない丸髷であった。母親の埋葬だというのに羽織ひとつない着流し姿。奉公先の下働き女が仕事の合い間にちょっと前掛けをはずしただけのような、粗末ないでたちがなんともあわれである。開港以来このかた南蛮人への恐れと偏見も薄れて来、市井の人々、就中男どもの目にもこの手の目鼻立ち、すなわち欧米婦人への美意識が徐々に生まれ始めていた。まして身体付きとなると日本人女性の比ではなく、好色漢ならずともつい視線を送ってしまうようなお島の身体の均整のよさである。云わずもがな、お島は日本人の母親とアメリカ人の父親の間に生まれた間の子であった。

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