第4話 国の無体

零細農家や部落民の娘たちをこのように、慰留地での慰安所設置を求める外国列強の御面々へ充てようと、明治政府自体が画策したことで、そこにはひがみに近い、かつての攘夷思想が介在していた。すなわち敵わぬ列強へ差し出した人身御供と云うもので、実はこれとまったく同じことが約100年後の終戦時において、連合国軍兵士らへの慰安所設置という事態で繰り返されている。当時に曰く「進駐軍から日本人女性の貞操を守るため」だそうだが、ではこれら零細農家や部落の娘たちは日本人ではないのか?はたしてそのような彼女たちの置かれた立場は推して余りあるが、それのみならず、彼女たちにはさらに世間の白い目という冷嘲熱罵が課されていた。この明治時代の「羅紗緬、チャブ屋」、また終戦時における「パンパン」呼ばわりなどは、同苦同悲を忘れ去った世間一般の、就中‘なさけない’男たちの無明というものである。鎖国で立ち遅れた日本の興国の、その礎となった再生茶女工や生糸女工たちとも合わせ、また昨今のDVとも合わせて、日本人男性らのフェミニズム軽視は遺伝子レベルになっていると云う他はない。そのようなフェミニズムや人権などということを知るべくも、思うべくもないお春は、しかしそれゆえに人から受ける恩義の有り難味というものを人一倍知る女だった。両手をひろげてにこやかに迎えてくれるバラ夫人の前で深々と頭をさげる。自国の男の非道をもよく理解してくれ、お島のみならず自分をも慈しんでくれる、神様のような方。その夫人の前で突然、なんの脈路もなく、一瞬間だけいまと同じような、未来における成長したお島の手を取って抱いてくれるバラ夫人の姿が目に浮かぶ。

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