第14話 ムカつく奴にはパイを投げる価値も無い

 陽が出て間も無い早朝、私とミアは早々と宿があったはずの場所から離れ、攫われた奴隷の娘たちの捜索を再開していた。


「お腹減ったニャ」 


 本当は朝食を先に食べても良かったが、あいにくまだ街は目覚めていない。朝の早い行商人や眠そうな兵士たちが通りを歩いているだけ。私とミアのお腹からは、ドラゴンが住んでいるかの如く音が鳴り続けている。


「あ、あんな所に露店があるニャ」

「ちょっと待ってよ」


 集中力に欠けているせいだろうか。先程までは目に映らなかったはずの屋台店が堂々と目の前に現れたのだ。私は違和感を覚えつつも、空腹には耐えられずミアに着いて行った。


「オジサン、これ五本くれニャ」


 売っているのは串焼き。だが、店主は私たちが来ても「うん」とも「スン」とも言わない。そもそも串焼きは下ごしらえが重要な食材だ。それをこんな早朝からやっているなんて。


「聞いているのかニャ?」

「ミア、なんだかこの店変だよ」

「きっと寝ぼけているだけニャ」


 宿屋のこともあるし、この場から早く逃げた方が良い。直感でそう感じていた。ミアは早朝、空腹という状況で普段の冷静な判断が出来なくなっているようだ。

 男はようやく口を開くと、ボソボソと何か呟いた。


「なんて言ってるニャ?」


 よく耳をすませてみると――。


「ウラギリモノ、ドレイ、キゾク……チカラホッスルモノタチガ」


 カタコトで文脈がよく分からないが、奴隷と貴族という言葉がある時点で私たちが探している三人と何か関係があるのかもしれない。


「裏切り者、力を欲する者ってどういうことだろう」

「わからないニャ。でもこのオジサンは関係無いようなのニャ」


 屋台店の男は目覚めたように正気に戻ると、辺りをキョロキョロと見回してから通りに向かって歩き出した。

 何かのスキルの力が働いていたのだろう。とすれば、これは情報屋からのメッセージか。いずれにしても彼が言った言葉の意味を解読しなければいけない。


「結局何も食べれないニャ……」

「もう少ししたら店も空いてくるだろうから我慢してね」

「分かったニャ」


 まるで仔猫を飼った気分だ。

 

 裏切り者、奴隷、貴族、力を欲する者たちが。例えば、「三人の奴隷の力を貴族が欲しがっている」と考えることもできるが、裏切り者というのが引っかかる。誰が誰を裏切ったのか。それさえ分かればこの謎は解けるはずなのだけど。


「生姜焼き弁当ひとつくれニャ」

「あ、ずるいぞミア!」


「まいどぉ」


 ともかく情報が足りない今、できることは限られている。予定では、王国へ行っているアリアが今日くらいに帝国へ戻ってくるはずだ。何事も無ければ、だけど。



◇◇◇◇◇


「何故要請が出せないのですか!?」

「落ち着け。これは王宮からのお達しなのだ」


 場所は王国騎士団訓練場、三階団長室。

 アリアは王国から帝国への正式な捜索要請と、苦情を入れるよう騎士団長に直談判していた。結果はこの通り。


「苦情については検討するようだ」

「そんなものはこの際、どうだって良いのです!」


 アリアはいつにもなく熱いので、団長のサラレオスは大層驚いていた。しかし、王に属する騎士団として王宮の命は国王の命であり、それに反して行動することは許されることではない。アリアもそれを分かっていながら、辞する覚悟で直談判をしたのだ。


「何があったかは分からんが、この件からは手を引いた方が良い」

「何故です」

「王宮が何かを隠しているようなのだ。見たわけでも聞いたわけでもないが、不穏な空気だった」


 それもそのはず、このたった三人の行方不明奴隷を捜索願いを二つ返事で却下したのだから。奴隷といえども元は王国の人間には違いない。それを貴族会議すら交えずに拒否するとは、普通でない。


◇◇◇◇◇


 デルソニー帝国、帝都某所。


「例の件、王国には手回しはできておるか?」

「もちろんでございます。しかし、何やら嗅ぎ回っている犬どもがおるようで……」


「犬の一匹や二匹は構わん。だが、あの者にだけは気をつけろ」

「……ナタリーですか」


 策士たちは暗室に入り、ある者をこの件に関わらせぬよう、根回しを始めた。


◇◇◇◇◇


「奴隷の女の子かぁ、知らないねぇ」

「そうですか」


 陽が真上に昇ってしまった。今日も数時間休む暇なく捜索を続け、成果はゼロ。冒険者ギルドや酒屋など人が多く集まる所での聞き込みでも「見た」「聞いた」という話は全く出なかった。


「そもそも何故奴隷なんか探しているんだ?」


「また新しいのを買えば良いじゃない」


「物持ちがいいねぇ」


 この国と私の生まれ育った国とでは価値観が違い過ぎる。「奴隷は人にあらず」という帝国での常識は私の心を痛め続けた。



「あれ、グレンジャーか?」


 疲れてベンチに座り込んだ私に、知らない男が声をかけてきた。背が高く、身なりからは溢れんばかりのナルシスト感が感じられる。それに、ローブの胸元には帝国騎士団の紋章。


「誰ですか……」

「忘れたのかよ! 俺だよ、オレオレ!」


 私にそんな知り合いは――。


「あっ」


 そのキザな立ち方、その田舎の不良みたいな喋り方、私を知っている。こんな奴は一人しかいない。


「やっと思い出したか」

「どちら様ですか?」

「おい」


 現れたのは泣く子も嘲笑う『帝国第一騎士団副団長』ガウェイン・プロヴィスだった。


「なんか凄いバカにするよな」

「そうですか?」


「しかし、なんでお前が帝国にいるんだ?」

「誘拐された」

「お前が? 冗談だろ」


「そちらこそ村の警備はどうしたんです? あと『お前』って言うなクソガキ」

「んだとおぉお?!」


 私たちにとってはいつもの――いや、二回目か。とにかく、普通のことだが、周りの人間は底辺冒険者の女が第一騎士団の副団長にタメ口で喧嘩を売っていると思っているのだろう。


 本当のことだけど。







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