第13話 宿屋はメシの美味さで決まる

「どうして――」


 いや、そんなことを聞いても意味がない。今はあの少女たちの行方を追う方が先決だ。

 私はポケットに持っていた金貨十枚を差し出した。これは王宮近くの宿に一週間は泊まれる金額だ。それでも男は口を開かない。「もっとよこせ」ってことか。しかし、いくら出せば話してくれる。


「足りない数だけ指を出して」

「グレンジャーさん、こちらはボランティアじゃない。例え足の指を足したって二〇本にしかならないじゃないか」


 男は少なくとも金貨二〇枚以上を求めている。オスの小馬が買える金額だぞ。しかもそれを「足りない」と言うように首を横に振った。


「彼女たちを救いたくはないのですか?」


 ニヤニヤしながらこちらを覗き込んでくる男。ここまできたら腹を括るしかない。今はこの手しかないのだから。


「……これでどう?」

「ふむ。まぁよろしいでしょう」


 男は金を受け取ると、懐から地図を取り出した。それを見て帝国の地図だとすぐに分かったが、公的な地図よりもかなり詳細に書かれている。


「その、家の上に書かれているのは?」

「その家の主人ですよ。亡くなっている者もおりますので、その都度変えております」


 帝国中の人々の名前が家ごとに記載され、更にはそれを都度更新しているとは。恐るべし情報屋である。


「彼女たちは確かに誘拐されました。しかし……」


 男はやや躊躇いながら地図の上の方を指差した。そこはデルソニー帝国の心臓部分、デルソニー城だった。


「まさか」

「ええ。彼女たちは攫われた後、皆同様にデルソニー城へ入りました。偶然買われたのか、誘拐犯と関係があるのかは不明ですが助けるのは困難でしょう」


 城へ潜入して助け出すとなると、かなりの時間と労力がかかる。しかもそれは一人でできる所業ではなく、衛兵に見つかれば一巻の終わりだ。恐らく極刑は魔逃れないだろう。


「何か方法は無いか」

「でしたら、こちらの『影』を偵察に向かわせましょう。初回ですので無料サービスとしておきます」


「影だと?」

「私専属の密偵部隊といったところでしょうか。捕まる心配も、万が一捕まっても口を割る心配もございません」


 口ではそう言っているが、男は人差し指と親指を擦りながらこちらを見上げている。


「口止め料も要るのか」

「こそをサービスとはいきません。そうですね、六……くらいでどうでしょうか?」

「分かった」


 私は渋々金貨六枚を男に渡した。

 影の部隊が動くのは明日の夜。それまで彼女たちが無事であることを願い、私はミアと合流した。


「お待たせ」

「何か分かったのニャ?」

「ここでは話し難い。どこか宿を取ろう」


 入ったのは歓楽街から離れた、昔ながらの趣がある宿屋。内装にもこだわっているようで、アンティークな時計や絵画などが飾られている。


「二人でそれぞれ一部屋ずついけますか?」

「申し訳ありません。あいにく二人部屋しかありませんもので」


「どうするミア。私は二人部屋でも良いけど」

「え、ま、まぁ良いのニャ」


 なんだか歯切れが悪いが、承諾してくれたということで今夜はこの宿に泊まることにした。

 

 部屋に着き、早速『情報屋』で得たことを話す。

 

「まさか城に……そんなこと信じられないニャ。もしその影とかいう連中が潜入できたとしても、城の警備はそんなに甘くないのニャ」

「でも今はこれに賭けるしかない」


 ミアは不服そうだが、こればかりはあの不審な男を信じるしかない。なんとも情け無い話だけど。


「ところでミアは、どうしてそんなにソワソワしているの?」

「わ、悪いけどアタシにそういう趣味は無いのニャ! わざわざこんな宿を選ぶなんて……」


 全く意味が分からない。


「まさか気付いてないのニャ!?」

「何のことよ」

「ここはラブな宿屋なのニャ! 夫婦とか恋人同士で来る場所なのニャ!!」

「え、マジ……?」


 思い返してみれば、外観よりも内装にかなり凝っていたし、ベッドに目をやればダブルサイズでレースカーテンのようなものがぶら下がっている。所々がやけに華やかで、反対に所々がやけに汚い。


「ご、ごめん。今すぐ出て他の宿を探そう」

「仕方ないから今日は我慢するニャ」


 宿屋の人が言ってた「二人部屋しかない」というのは空いていないということではなく、そもそも個室なんてものは無いということだったのか。


「おやすみニャ」


 ミアはそそくさと寝てしまった。女同士だからまだ良いけど、間違って異性と入ったらかなり気まずい感じになってただろうな。今後、歓楽街近くの宿屋には気をつけよう。



「早く起きるニャ!」


 騒がしい猫騎士の声で目が覚める。彼女は相当慌てているようで、何を言っているのかほとんど聞き取れないくらいだった。


「これは一体どういうことなのニャ!?」


 目を開け辺りを見回した時、ようやく彼女が慌てている理由がわかった。寝ていたはずのベッド、あったはずの壁や天井。そうした、あるはずの全てがそこには無かった。


「泊まった宿屋は……?」

「分からないニャ。そもそもアタシたちが泊まったのは本当に宿屋だったのニャ?」


 歓楽街は既に眠り、仕事人たちが往来を始めた朝、私たちは夢でも見ているかのような感覚で立ち尽くした。


「おい、アンタら大丈夫か?」

「へ?」

「化け猫にでも騙されたかい?」


「にゃ、にゃ、ニャんですとおぉおお?!」






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