第4話 記憶に残る冒険者

 彼の名はジェロ・カラビー。フードフューリアスの副団長を務めていた男だ。


「これは……?」

「皆の墓さ。中身はほとんど無いけどな」


 疲労しきったその姿を見て、生き残ったのは私たちだけなのだと悟った。


「すまなかった! 団長としてできることがもっとあったかもしれないのに」

「いいや、団長が謝ることじゃねぇ」


 ジェロは立ち上がり、厚い曇が覆う空を見上げた。


「解散の手続きは任せるからよ。団長の最後の仕事さ」


 私の口から「一からやり直そう」なんて言葉は出なかった。私が俯き加減に頷くと、彼は優しく背中を叩いた。


「俺は田舎に帰るとするよ。機会があったら遊びに来てくれ」


 彼の涙はとうに枯れていた。私が流す涙なんか屁でもないくらい、この地に落としていったのだろう。




「解散のお手続きですね。少々お待ち下さい」


 翌日、復興依頼を終えた私はその足でギルドへ向かった。


「では、ここに承認のサインをお願いします」


 各項目の同意をし、残るは自分の名前を書くだけ。なのにどうしてか筆が止まる。パーティの維持だけでもお金がかかる。総勢五〇名のメンバーのほとんども死んだ。解散しなければ壊れた屋敷も解約できない。


 屋敷、屋敷か……。


「屋敷が壊れた場合の解約は、パーティ解散は無くても大丈夫なのですよね?」 

「ええ、フードフューリアス様のお屋敷でしたら解約金は金貨三枚です」


 手持ちは金貨四枚程度。

 壊れた屋敷をとるか、たった一人残ったパーティをとるか。


 

「はぁ、復興バイト頑張らなくちゃな」


 このパーティは皆が生きていた証だ。あんなボロ屋敷なんかより余程価値がある。

 冒険者パーティ『フードフューリアス』は総勢一名で活動を続行することとなった。



 しばらく経った頃、王宮から冒険者ギルドに徴兵の依頼が舞い込んできていた。なんでも周辺に生息している魔物が活発化しており、近隣の村々に被害が及んでいるらしい。地元の兵士や騎士だけでは足りず、冒険者に回ってきたというわけだ。


 ただでさえ復興作業で忙しいのに、魔物討伐なんて末端の冒険者には無理難題だ。そんなことは百も承知だろうが「複数で叩けばなんとかなるだろう」という極めて身勝手な依頼書だった。


「上級冒険者ならまだしも、私たちには無理よ!」

「そうだ、復興が最優先だよ」


 案の定、冒険者たちは怒り心頭であった。王宮からの使者に言ったところでどうにもならないが、他にぶつける場所がないのだ。

 

「あの、依頼料はおいくらに?」


 私はゆっくりと手を挙げながら質問をした。


「魔物一体につき銀貨二枚だ」

「凶暴化してるっていうのに、たったの二枚だとぉ?!」


 ああ、少なすぎる。またいつドラゴンが現れるかも分からないというのに、それでは釣り合っていない。

 これが冒険者なのだとしみじみ感じる。前の生活が夢のように思えるな。


「分かった。担当の者に掛け合い、給金を増やして貰えないか交渉してみよう」


 なかなか物分かりの良い使者だ。それでもこの国の財政は安定していないはず。そこまでの賃上げは期待しないでおこう。



 翌日、ギルドの受付が混み合っていた。原因は王宮からの使者が来ていたからだった。

 

「何があったんです?」

「王宮は賃上げをする代わりに、王国兵団を付けないと言い出したんだ」


 本来、王宮からの徴兵依頼であれば王国の兵士を冒険者と同数名参加させるのが通常だ。二年前の大災害が起きた時も、王国兵と冒険者で協力して対策にあたっていた。


 しかし、今回は冒険者のみでの行動。ただでさえバラバラな冒険者を統率できる者がいなければ死傷者がでるのは確実だ。「王国兵を無駄死にさせたくない」という魂胆が丸見えだ。


「ふざけるな! 徴兵しておいて自分らの兵士は取っておくって言うのか!」


 当然の結果、ギルド内は大混乱だった。

 やむを得ない事情があれば参加は強制ではない。しかし、反対にほとんどの場合は義務として参加しなければならない。

  

 ちなみに、私は二年前の大災害派遣の時、武者修行と称して隣国にある海宿で海鮮丼を貪っていた。逃げたわけではなく、たまたま災害が起こったというだけの話だが。


「静まれ! お前たち腰抜けどもが行かないのなら、俺のパーティだけで向かう」


 現れたのはこの国で随一と呼ばれる実力者。冒険者パーティ『鋼鉄の守護者』の面々だった。


 リーダーのガブリエレ・ロレンツォは他の冒険者たちを威圧しながら受付に向かう。彼は火.水.風魔法を使いこなしながらも、固有スキル『鋼鉄の肉体』を持つ仙術使いでもあるのだ。まさに敵なしの冒険者だった。


「俺たちは受けるぜ。他の奴が来ないなら金は全額俺たちに支給しろ」

「も、もちろん魔物の討伐数次第だが……」


「出来ねぇとでも思ってんのか?!」


 彼らと一緒――とはいかなくとも、ここで手を挙げればかなりの確率で金銭的余裕ができる。生き残る確率は私の運次第だけど。


「あのっ、私も行きます!」

「あぁん? お嬢ちゃんは引っ込んでな」


 私は運が良い。


「ローズマリー・グレンジャーも徴兵に参加します」 


「グレンジャー? どこかで……」

「まさか大食いのグレンジャーか」

「嘘だろ、あんなに細かったか?」


 注目を浴びる作戦は成功。前の私を知っている人なら余計に記憶に残っただろう。


「それでは、他の参加者は居らぬか?」


「じゃあ俺も行く」

「私もよ」

「僕も!」


「テメェらさっきまで――」

「よろしくお願いしますね。ガブリエレ殿」


 仲間は多い方が良い。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る