第3話 幻影の再生

 この世には、生まれた瞬間から才能と環境という、大きな力を持っている者が必ずいる。対して、私のような平凡な――それより酷いものを持って生まれることもある。


 それは神の悪戯か、そんなこといくら教会に手を合わせようとも返事は無い。


 私にも才能と呼べるものは確かにある。でも、それは努力して掴んだものとは違う。騎士や高級の冒険者たちは、その地位に至るまで努力を重ねている。


 私は違う。こんなスキルじゃなければ、こんな身体じゃなければ、もしかしたら人生が変わっていたかも。


 全部自分のせい。

 分かっている。



「おい、大丈夫か? もうすぐ避難場所に着く」

「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 騎士はゆっくりと私を下ろすと、ドラゴンの飛び交う空を見ながら呟いた。


「その……大会ではすまなかった。あんなこと言うことじゃないよな」

「え――」


「またな!」


 行かなければいけない義務なんてないのに。王国騎士や兵士でもなければ、戦う必要なんてないのに。それでも彼は颯爽と今来た道を戻って行く。


 あのような者を人は勇者と呼ぶのだろうか。


 避難所は皆恐怖に震えていた。ドラゴンの襲撃は幾度も経験しているが、今回のように群で押し寄せるのは王国創建以来初めてのことだった。


 兵士や冒険者は怪我人の救護の他、泣き叫ぶ子や女性を慰めている。

 こんな時も私は何もできない。無力さを痛感した。


「な、なんだあの光は!」


 見張り兵の声が響き、目が眩むほど閃光が辺りを包んだ。


「結界が――ぶられ――」


 耳を劈くようなキリキリとした音は脳まで届くほどで、会話や周辺の雑音までも消し飛ばずほどだった。


「助けて!!」


 咄嗟に叫び声を上げ、私は目を瞑り耳を塞いだ。

 もうダメだと死を覚悟した。真空の容器に入れられたように何も聞こえず、ただただ恐怖が増すばかり。



「ねぇ、アナタ。これはどういうこと?」


 しばらく経った後、ドラゴンに挑んで行ったあの獣人の少女の声が聞こえた。目を開けると、周囲には焼け焦げた跡が残っているだけで、私以外の人の姿は見えなかった。


「どうしてアナタは生きているの?」


 意味が分からなかった。自分が生きているという実感すらないのだから。


「イゾルドさん。あの、他の人は?」

「……ブルードラゴンの光線がこの場所に直撃したのよ。生きているはずがないわ」


 私以外、皆死んだ?

 パーティのメンバーも、小さな子も兵士も冒険者も全員?


「とにかくドラゴンは撤退していったから心配は要らない」

「そう、ですか」


 どうして生き残ったの。何もできない私が。何もしなかった私が。


「ところで、どうして私の名前を知っているの?」


「だってフードファイトで――」

「ああ、観客の中に居たのね。別の避難所が近くにあるから、そこまで送るわ」


 対戦相手だったこと覚えていないのかな。あれだけ嫌われたら逆に忘れたくもなるか。


 少女に手を取られ立ち上がった時、妙に身体が軽く感じられた。衣服もなんだか緩いし歩き辛い。


 結局、彼女は道中も私を思い出すことはなく、避難所に到着した。


「じゃあ私はここで」

「ありがとうございました」

「礼なんて要らない。アナタが生きていて良かった」


 初めて見る少女のはにかんだ笑顔に胸が痛んだ。

 

◇◇◇◇◇


 数日後、王都は復興のために冒険者を募っていた。私は仲間たちの死を少しでも報いるために働くことにした。


「ええっと、もう一度お名前を確認しても?」

「ローズマリー・グレンジャーです」


 ギルドの受付嬢は困ったような顔で私を見ていた。

 なぜそこまで疑うのか理解に苦しんだが、きっと元居た避難所の件で死んだと判断されていたのだろう。


「あのぉ……随分とお痩せになられましたか?」

「は?」


 この小娘はよりにもよって私を馬鹿にしているのか。

 受付嬢は私の怒りを察して手鏡を出した。


「だってほら、コレ!」

「鏡なんて見たく――なっ?!」


 数年ぶりに見る鏡に写ったのは、間違いなく私。だけど、以前の姿とはまるで違い、頬の肉が取れてシュッとなった顔だった。


「これは、どういう……」

「と、とにかく鑑定の水晶で本人確認を致しますので!」


 受付嬢に手を引かれ奥の部屋まで連れて行かれる。その間、今までは見たくもなかった腹部や腕に目をやる。


 痩せている、それもかなり。

 数日まともな食事がとれなかったから、という痩せ方ではない。まるで「元からこの体型でした」という感じの痩せ方なのだ。


「この水晶に手をかざしてください」

「でもコレって、ギルド証の発行をするための物ですよね?」

「本来の使い方はそうですが、ギルド証を発行する際に記憶される情報は全てこの中に入っています」


 なるほど、既に登録した情報がこれで分かる。つまりは、私がローズマリー・グレンジャー本人だと証明できる唯一の方法だと。


 水晶に手をかざしたのはいいものの、なんだか不安になってくる。服はそのままだし、顔も以前の面影は残っているが、本当に私なのか自分でも信じられない。


「で、出ました!」


*****

氏名:ローズマリー・グレンジャー

レベル:5

腕力:40

頑丈:50

俊敏:50

魔力:20

知力:40

運:30


パーティ:フードフューリアス(団長)

スキル:爆食Lv.2

*****


 クソスキルのレベルが上がってる。別に上がったところで何の意味もないけど。

 

「本人様で間違いありません!?」

「なんで疑問系?」

「しししし、失礼致しました!」


 私ってこんなに怖がられていたのか。まぁ、若くて可愛い娘に対しては怨恨のひとつも持ち合わせていたからな。


「これで依頼は受けられるかな?」

「もちろんでふ!」


 カミカミじゃん。



「あ、ちょっと待ってください!」


 依頼探しに出ようとした時、受付嬢が引き留めた。


「まだ何かあるの?」

「パーティの方がひとり生存が確認されていまして」

「どこに!?」


 私は全力で走った。

 


「ジェロ……」

「ああ、団長じゃねぇか。随分痩せたな」

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