第8話 運命の日(3)

「それで、聞きたいんだけどさ」


 奏斗君の格好をした『彼』は、私を教室に押し戻して後手にドアを閉めた。


「沢井さんはいつから僕達のこと気づいてたの? どっちが律希でどっちが奏斗か判るんでしょう?」


 そう訊かれると……。


「……わかんない」


「は? さっき見分けつくって肯定したろ?」


 憮然と律希君の格好の方に言われて、私も唇を尖らせる。


「だって、ちゃんと教えてもらってない」


 並んだ二人を睨みつけ、まずは制服を着崩した彼を指差した。


「君は今、奏斗君の格好をしてるけど、入学式で代表挨拶をしたのは君の方だった。それから」


 次に眼鏡の彼を指差す。


「律希君の格好をしている君。昨日も律希君だったけど、一昨日は奏斗君だった。あと、二人ともお昼休みから入れ替わったでしょ? 私は君達が判る。でも本当の名前を教えてもらってないから、どっちが律希君でどっちが奏斗君かは判らない」


 私の言い分に、彼らは目を見合わせて、


「「マジか〜〜〜〜〜!!」」


 同時に頭を抱えてうずくった。


「完璧に気づいてたぞ、こいつ」


「入学式からって、ありえない」


「くそぅ。ノーマークの雑魚にいきなりロングシュート決められた気分」


「油断したね、どこにでもありそうな小石につまずくなんて」


 ……本人の前でヒソヒソするのやめて。聞こえてるから。


「どうする?」


「仕方がないな」


 頷きあった二人は、すっくと立ち上がる。そして奏斗君姿の彼が口を開いた。


「改めて自己紹介するよ、戸籍上は僕が律希。君の言ったとおり、入学式で挨拶した方」


「俺が奏斗。じゃない方」


 今度は律希姿の彼が言う。

 つまり、今は奏斗君が律希君で、律希君が奏斗君なのね。……ややこしい。


「どうして入れ替わってるの?」


「悪意があって騙してるわけじゃない。ただちょっと事情があるんだけど……言わなきゃダメかな?」


「別に。私には実害がないから」


 私の答えに、律希君(本物)はほっと胸を撫で下ろす。


「それで、俺達のしていることは誰にも言わないで欲しい。頼む」


 頭を下げる奏斗君(本物)に、これまたあっさり承諾する。


「いいよ。私も面倒事には関わりたくないし」


 とりあえず、私の認識が間違っていなかったと確認できただけで十分。これにて一件落着だ。


「じゃあ、明日からも普通に接するということで。私は帰るね」


 バイバイと手を振って、ドアに向かおうとすると、


「ちょっと待った」


 すかさず奏斗君に回り込まれた。


「俺達はまだ、沢井がどうやって見分けてるのかを聞いていない」


 背後ではうんうん頷く律希君。

 どうやってと言われても……。


「なんとなく」


「「なんとなくって……」」


 私の言葉に双子は絶句する。こればっかりは説明のしようがない。判るから、判るのだ。


「とにかく、この会話は忘れる。それでいいでしょ?」


「それは助かるけど、あと一つ」


 今度は律希君がピッと人差し指を立てた。


「見返りは何がいい?」


「見返り?」


 鸚鵡返しする私に不敵に笑って、


「秘密を守ってもらうんだから、こちらにもそれなりのお礼をする用意はあるってこと」


 なるほど、口止め料か。でも、


「私は君達を強請ゆすったりはしないよ。ただ、巻き込まれたくないだけ」


 そう言い切ると、双子は目を見合わせ顔をしかめた。


「沢井さんの聞き分けの良さは僕達にとって物凄くありがたいんだけど……」


「……なんかおかしくね?」


 ん? 私、なにか変なこと言った?

 怪しくなってきた雲行きに小首を傾げる私の前で、彼らは家族会議を始める。


「怖いくらい聞き分けが良すぎだよね」


「普通、もっと驚いたり怒ったり詮索したりするだろ。騙されてたんだから」


「最初から気づいていたのに黙ってたし、気づいていることを僕達に気づかれまいとまでしてた」


「ひたすら関わりたくない態度全開だしな」


 頭を寄せて話し合っていた二人は、やがて一つの結論にたどり着いた。


「もしかして……沢井さんにも何か秘密があるの?」


 ――ぎくっ。

 律希君に問われて、私は心の動揺をひた隠すけど、


「それでか。なんか沢井って印象がチグハグなんだよな。教室では存在感ゼロなのに、喋ってみたらやたらと鋭かったり、意外と肝が据わってたり」


 得心がいったように奏斗君に頷かれてしまう。


「つまり沢井さんは探られたくないことがあるから、目立つ行動を避けてるってこと? それで僕達に関わりたくないの?」


 四つの瞳に見つめられて、私は諦観のため息を吐き出した。


「だったら? 私に隠し事があったら悪いの?」


 睨み返すと、律希君と奏斗君は顔を見合わせて、


「悪くはないけど」


「都合がいい」


 同じ顔でニヤリと嗤った。


「沢井さん、もしあなたが僕達の秘密をバラすようなことがあれば、僕達は沢井さんの隠し事を暴くよ」


「……は?」


真城杜家うちは興信所にコネがあるから調べようと思えばすぐだぞ」


「ちょっ……それって脅迫じゃん!」


 露骨に顔を引きつらせる私に、彼らはにっこり微笑む。


「違うよ。これは共犯関係。謂わば運命共同体」


「お互いの安寧な学校生活のために仲良くしようぜ」


 律希君が私の手を取り、奏斗君が上から重ねる。三人で固い友情の握手を交わ――


「いぃぃやぁぁだぁぁぁ!!」


 ――す前に、私は二人の手を振りほどいた。

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