第3話 現状

 それから一ヶ月が過ぎても、状況は相変わらずだった。

 たまに律希君が奏斗君になり、奏斗君が律希君になる。昨日まで呼ばれていた名前と別の名前で呼ばれる彼らを見ると脳がバグるのだけど……。

 そう感じているのは、どうやら私だけらしい。

 クラスメイトも先生も、多分他の学年の生徒も。みんな、眼鏡で品行方正な方が『律希』で、不真面目なのが『奏斗』として受け入れているようだ。

 ……というより、もしかして双子が入れ替わってることに気づいてない……?

 昼休み、なんとなく一緒にご飯を食べるようになった四人の女子に私は思い切って尋ねてみた。


「あのさ、真城杜君のことなんだけど……」


「お、沢井さんもあの双子が気になるの? どっち?」


「……どっちも」


 両方お互いの名前を名乗ってるから判らないよ。


「あの二人って、似てる……よね?」


 上目遣いに探るように訊くと、みんなは目を見合わせて、ぷはっと吹き出した。


「そりゃあ、双子だからね。顔は似てるわよ」


「でも性格は真逆じゃん」


「仕草とか表情とか全然違うよね。私、同じ髪型で並んでも絶対見分けつくと思う!」


「私も自信ある!」


 ……そっか。みんな疑ってないのか。


 じゃあ、時々二人が入れ替わっているように見える私が変なのかな?

 もやもやを抱えたまま過ごす私の混乱がピークに達したのは、五月の半ば。高校生活初めての中間テストが行われた頃だった。

 学力重視のうちの学校は学年上位三十名の名前が廊下に張り出される。一学年の一位は真城杜律希君だった。


「一位はやっぱり律希か。さすが新入生代表、すげーな!」


「たまたまヤマが当たっただけだよ」


「謙遜するなって。あれ? 奏斗は圏外か。お兄ちゃんに勉強見てもらわなきゃな」


「うっせぇ、バーカ!」


 笑いながら通り過ぎていく真城杜兄弟と仲間達を尻目に、私は辛うじて二十八番目にあった自分の名前を見つめながら、鼓動が早くなるのを感じた。

 ――中間テストの日程は四日間だった。そのうち二日ずつ、真城杜兄弟は入れ替わっていた。

 そして、兄の律希君は学年一位の成績を残し……弟の奏斗君は三十位圏外だった。

 これって、『苦手な教科と得意な教科で入れ替わった』みたいな単純な替え玉じゃないよね。多分、二人とも学年一位の学力を持っていて、わざと兄弟で差のある結果が出るよう調整したのだと思う。本当に優劣があるのなら、入れ替わる必要がないから。

 きっと成績だけじゃない。性格も、仕草も、人間関係も。あの二人はいつどちらがどちらに入れ替わっても周囲に悟られないように、全てをすり合わせ、共有し、寸分違わぬ『律希』と『奏斗』というパブリックイメージを創りあげているんだ。

 ……とんでもない労力だ。

 そんな大変な生活を続ける目的は何なのだろう?

 どんな事情があって、二人が一人を、一人が二人を演じているのだろう?


 ……でも。


 もう一つの可能性に、私はゴクリと唾を飲む。

 もし、あの二人が入れ替わっているという認識が、私の妄想だったら?

 ただの勘違いで、最初から律希君は律希君のままで、奏斗君は奏斗君だったら……?


 ――もう、やめよう。


 私は胸に湧き上がる疑念に蓋をした。

 真城杜兄弟のことを考えるのは、これっきりにしよう。

 実際にあの双子が入れ替わってるとしたら不可解すぎるし……全部妄想だったら私がヤバい。

 どう転んでも良い展開にならない。

 誰にだって、他人に知られたくない秘密はある。彼らにも……私にも。

 だから忘れてしまおう。

 そう思ったのに……。

 運命の歯車は、いつも避けたい方向に回り始めるものだ。

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