第5話
「とーしーのーはーじめーのーひーめーはーじめー」
通学中の時間帯にも関わらず胡乱な歌が響いた。
当人が寝ぼけていたこともあって判然としない滑舌であったが故に青少年の教育によろしくなさそうな歌詞の内容までは伝播しなかったのが幸いと言えよう。それでもあまりに時期外れのそのメロディーは周囲の人々を混乱させるのには十分過ぎたのだが。
「美遊〜!起きろ〜!」
久しぶりに目にした友人の悪癖を止める為、謎の歌の発生源となっていた身体を強く揺さぶる。
「ぐえっ……ひょっとしてまた寝ぼけてた?」
「それはもうしっかり。録画してアップした方が良かった?」
妙に色気のある奇妙な歌を歌う女学生、きっとバズるとは思う。
「勘弁してくださいお願いします」
それが当人の思惑と遠く離れた所に着地するのもきっと確かだとは思うが。
人々が灯りを手にして夜の闇を照らしてから幾世紀、画一的な昼型生活を送るようになってからも、生まれつき夜型の生活リズムを持つ人間というのは確かにいるらしい。一説には遺伝子が原因とか言われていたりもするが、どこまで信用したら良いものやら。
「……ふわ〜あ、あふぅ」
こうして情けない欠伸をした黒崎美遊もその一人のようである。いや、夢魔の血筋である彼女が確かに夜型なのに違いはないのだが、それとこれとは話が違うような気もするのだが。
「美遊、眠たいなら寝た方がいいって。無理しない方がいいよ」
「なんか負けた気がするからやだ」
「何に?」
「本能」
友人の提案を断る美遊。本能に負けた気がするというその言い分も美遊にとっては間違いではない。食欲、性欲、睡眠欲。生物の三大欲求とまで呼ばれるそれらだが、美遊の場合は奇妙な形で絡み付いたように存在している。いや、そうなってしまったと言う方が正しいだろうか。
夢魔の血が発現してからというものの美遊の三大欲求は相互に補い合う形で存在している。
現実や夢の中での性交渉を軸に他者の精気、生命力とも呼ばれるそれを奪い取り糧として生きて行くのが、夢魔と呼ばれる彼女達の本来の生態である。それはつまり性欲と食欲が極めて深く結びついている事を意味しているに他ならない。
美遊の場合もそれは同じ、普段の彼女であれば食事と睡眠をしっかりとる事で何も問題はなかったのだが……要するに昨晩の夢に珍客が訪れたせいで寝不足の美遊は、空腹を感じるし、眠気を感じるし、それと同時にとてもムラムラしている。
しかし困った事に食べ過ぎれば太るし、曲がりなりにもそれなりの学生であるので惰眠を貪る事もできないし、性交渉なんてもっての外だ。と思っていたのだが、最近は精気を奪うための軽めのスキンシップなら問題なくない?なんて思い始めたものだから美遊はちょっとだけ自分の在り方に悩んでいる。
外から見たそれは思春期のモラトリアムによく似ている。
その実態は全く別の物であるのだが。
結構悩んだのだが、美遊は結局昼休みの時間を利用して眠る事にした。
「時間になっても起きなかったらよろしく」
「おっけー」
友人にそう言い残して美遊は夢の世界へと旅立った。
欲望に負けて貪る惰眠はとても心地が良い。
またしてもイレギュラーな事態に遭遇さえしなければ。
「どうしてまた私の夢の中にいるんですか!?」
「あんたが起きたら解放されるって話だったじゃん!」
美遊にとってのスイートホーム、彼女の夢の世界にはどういう訳かまだキリコ・シュヴァリエが居座っていた。
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