第4話

 謎の集団に追いかけられた翌日の夜、美遊は自身が経験する中で初めて奇妙な夢を見た。

 夢。

 記憶情報の整理だとか、集合的無意識との接続とか、宗教的なお告げとか、あるいは予知であるとか。諸説様々あってどの説もまことしやかに語られているそれはなんとも幻想的な現実と妄想の間に確かに存在する不可思議なものである。

 では、夢魔の血筋を継ぐ美遊にとって夢とはなんだろうか?

 彼女の所有物であり、どこよりも自由な遊び場であり、そして狩場でもある。いや、狩場として使った事はまだないので最後の項目には予定地と記しておくとして。ともかく、美遊にとって夢とは第二の自室、あるいは別荘の様なものであった。税金もかからなければ、どこぞの放送協会が受信料の請求に来ることもない。

 安心安全なスイートホーム……のはずだったのに。

 この日の美遊の夢には彼女の知らない来客が居た。茶髪の女性で引き締まった身体つきをしている。歳の頃は母と同じくらいであろうか?魔力のなせる技なのだろうか、魔大陸に住んでいる者は外見年齢の把握がとても難しい。いつまでも若々しいのは嬉しいのだけれど、自身の将来がちょっとだけ不安な美遊である。

「どちら様ですか?」

 自身の記憶にない誰かに声を掛ける。

 美遊のような夢を主戦場とする魔性の者において、自身の夢というのはそれ自体が強固な砦の様な物である。獲物を誘い込んで捕らえ、糧を得る為の空間なのだ。無意識でいても他者に邪魔される様な事はないし、自由に出入りされるような場所でもない。彼女より圧倒的に強力な同種の存在が強引に介入する可能性がないとは言い切れないが、あくまで一介の学生である彼女にそんな恨みを強く持つような人物は心当たりが無い。

 それに、夢の主導権が自身にある事を美遊はしっかりと自覚していた。

 そんな圧倒的に有利な状況だというのに美遊は完全に出遅れた。肉体言語で。

 美遊とて父である英俊から一通りの護身術は教わっている。二次性徴を迎えてより豊満になった乳と尻がその動きを阻害してないとは言い切れないが、それでも同年代で彼女を圧倒するような相手には出会った事がない。ましてや自身の夢の中ともなれば。

 美遊は今まで経験した事がない人種との遭遇に困惑していた。関節を決められた状態のまま。夢の中で夢の主人に素手の格闘戦を仕掛けてそのまま制圧する人が一体どれだけいるだろうか?それも出会った時から一言も発さないまま。

 ひとまず美遊は一旦仕切り直すことにした。いかに関節を決められていようがここは彼女の夢の中である。自分自身を幻影と置き換えて拘束から抜け出し背後に出現、後頭部を狙った奇襲は見えていないはずの彼女にあっさりと避けられてしまった。

 一体なんなのだその超感覚は。

 そう美遊が思った次の瞬間、振り向きかけの彼女と目が合った。笑顔だ。それもある種の獰猛な肉食獣が浮かべるような。なんて好戦的な性格なのだろう。奇襲を避けて不利な体勢のはずの相手に2手、3手と追撃を仕掛ける。そのいずれも手すら触れずにあっさりと躱す相手に美遊は再び拘束されてしまった。

 ひょっとすると彼女は父親よりも強いかもしれない。観念した美遊は降参の意を示すべく片手で持てるサイズの小ぶりな白旗を大量に降らせた。それこそ雨のように。夢の中だからこそのなんでもありの無法っぷりである。

 仕方ないじゃん、両手が動かせる状態じゃないんだし。

 山のように積み上がった白旗から顔を出した美遊はそれらを両手に持って改めて振った。これでさすがに降参と伝わるだろう。左右を見回した美遊は目当ての人物を見つけた。山と降り注いだ白旗の範囲外に。自身を拘束していたあの状況から安全圏に避難するとか本当にどういう野生的な感覚をしているのか問い詰めたい気持ちである。

 向こうも両手で白旗を振る美遊を見て両手を上に挙げた。どうやら敵対を続ける意思はないようだ。少し残念そうな表情をしていたのがちょっとだけ腹立たしい。

「初めまして、美遊です。あなたは?」

 兎にも角にも相手の素性を確認しようと美遊は声を掛けた。

 しかし、彼女から返ってきたのは雑音であった。ノイズ混じりの音声などでは無くノイズそのもの。聞き取る以前の聴くに耐えない雑音に思わず耳を塞いでしまう。

「ちょっと待って!喋らないで!今別の方法を用意するから!」

 相手の反応を見るにどういう訳かこちらから向こうにはきちんと意図が伝わっているようだ。原因が気になりはするが、それよりも今は状況の解決を優先したい。自身の夢の中に不快な要素がある事を夢の主人である美遊は許容しない。

 取り急ぎ夢の中にホワイトボードと水性ペンを用意する。召喚とか創造ではなく再現というのが美遊の感覚としては近い。パソコンの様な電子機器を用意することも出来るのだが、挙動を把握しきれていない物は再現性がどうしても低くなるのでやめた。それに意思の疎通が目的ならばこのぐらいの物で十分だ。

『黒崎美遊です。あなたの名前は?』

 用意したホワイトボードに改めて内容を記し相手に向ける。

『キリコ・シュヴァリエ。ここはどこ?』

 やはり知らない名前だ。ここをどこか分かっていない事からも偶然迷い込んだのだろう。

『私の夢の中です』

 美遊は端的に答える。夢の中でその主人を容易に圧倒する人がどうしてそんな事態に陥ったのかは疑問に思う事が多すぎて予想を立てられないが。

『私をここに閉じ込めたのはあなたの仕業?』

 キリコと名乗る彼女は若干の敵意を隠さずに言葉を記す。

『違います。あなたこそどうやってここに侵入したんですか?』

 美遊も逆の立場であったならば同じ様に考えるだろうことは想像できる。だが、彼女は彼女で自身の住居に不当に侵入されている状態なのでこちらも若干の苛立ちを隠す事なく答えた。

『分からない。気づいたらここに居た』

 そう答えられてしまうと美遊には取れる手段がなかった。相手は自分よりも強い上に明確に敵対している訳でもない。状況の把握に努めたいが他者の夢、つまるところ他人の精神世界へ侵入しているにも関わらず、その手段を自覚していない人と情報を交換した所で何かが得られるとも考えづらい。

 正直言って手詰まりの状況な2人の間に時間だけが過ぎていく。救いがあったとするならば夢の中なので時間感覚が緩かったことぐらいだろうか。

 結局、何の手掛かりも得られず無為に時間を過ごした夢の中に突如としてアラームの音が響き渡る。

『この音は?』

『私の目覚ましの音ですね』

 美遊が所有するスマホのデフォルトのアラーム音だった。夢の中ではあるのだが美遊の肉体が受け取った情報をある程度夢の中に反映させる能力がある。祖母に聞いた話によるとその逆も同様にできるらしい。

 おそらくは別の用途に使うであろうその能力を美遊は目覚ましがわりに使っていた。

『つまり朝?』

『そうです。ここでお別れですね』

 睡眠時間は確保できたが疲れが取れたかどうか若干怪しい。それでも学生の美遊は今日も学校に行かなければいけない。目覚めてしまえばこの出会いも終わってしまうだろう。名残惜しさは……あまり感じないけれど。

『私はどうなるの?』

『たぶん普通に目覚めるかと……失礼しますね』

 相手を誘惑とか籠絡とかして虜にすれば肉体から精神の一部を切り離して夢の中に閉じ込める事も出来ると美遊は祖母から説明を受けていた。そういう状態ではないので美遊は自分が夢から離れて目覚めれば相手も自然とあるべき所に戻るだろうと考えたのだ。


 そうして美遊は自身の夢に別れを告げて目覚めた。

 自身の夢にキリコが取り残されていることに気づく事なく。


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なんだか見覚えのある名前が出てきましたね。

物語開始以前の時間軸にあたる作品はこちら:いずれ空へと続く道

https://kakuyomu.jp/works/16816927860698427096

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超絶美少女の私、厄介ファン相手に無双する。 ~目当ては私じゃなくてアクセサリーって本当ですか!?~ 【道の続き、空の果て】 白銀スーニャ @sunya_ag2s

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